神戸大学大学院理学研究科の末次健司教授(兼 神戸大学高等学術研究院卓越教授)と東京大学大学院理学系研究科の塚谷裕一教授は、イワタハ?コ科の低木「ヤマビワソウ」の埃のように小さな種子(埃種子)がバッタやキリギリスの仲間であるカマドウマによって食べられ、その糞(ふん)とともに散布されることを明らかにしました。光合成で自活する植物において、昆虫が果実を食べ、中に含まれる種子が糞の形で散布される例はニュージーランド以外ではこれまで知られていませんでした。今回の研究は、こうした種子散布様式が今まで考えられていた以上に普遍的なものである可能性を示唆するものです。
また、これまで埃種子の進化については、種子に胚乳などの養分を蓄える必要がなくなる寄生能力の獲得が重要視されていましたが、今回の研究で、ヤマビワソウが独立栄養性であるにもかかわらず、埃種子をつけることが確認されました。昆虫を種子の運び手として利用するためには、昆虫の消化管を通過できるほど細かな種子をつける必要があることを併せて考えると、昆虫を種子散布者として採用したことそのものが小さな種子の進化の原動力となった可能性もあります。
本研究成果は、8月8日 午前0時(日本時間)に国際誌「Plants, People, Planet」に掲載されました。
ポイント
- 植物は動物に種子を運んでもらい分布を拡大することが多いが、アリ以外の昆虫によって散布されることは稀である。
- ヤマビワソウの埃種子が、カマドウマに果実ごと食べられ排泄されることで運ばれることを確認した。
- 昆虫が独立栄養植物の種子を食べることで種子の運び屋となっていることをニュージーランド以外で証明したのは世界初である。
研究の背景
自力で移動できない植物にとって、種子を遠くに運ぶことは自身の分布を拡大する上で非常に重要です。このため、多くの植物は鳥や哺乳類などの動物に種子を果肉と一緒に食べてもらい、種子が消化されずに排泄(はいせつ)されることで自力では届かない場所まで種子を運んでもらっています。このような働きをする動物は種子散布者と呼ばれますが、前述の通り、種子散布者の多くは鳥や哺乳類であり、昆虫などの無脊椎動物が関わることは稀です。
例外的に、アリは種子散布者として有名な昆虫ですが、アリは種子を大顎でつかんで運ぶため、鳥や哺乳類のように種子を果肉と一緒に食べ、種子を糞として排出するわけではありません。昆虫が種子を食べることによって運ぶ(被食動物散布)例は、光合成を行い自活する独立栄養植物ではニュージーランドでのみ知られています。これはニュージーランドには地表性の哺乳類が存在しないためで、他の地域では哺乳類が担っている種子散布者としての役割を、ウェタと呼ばれる飛べない大型の昆虫が担っているのです。ニュージーランド以外でも寄生植物※1や菌従属栄養植物※2では昆虫が種子散布を行う例が知られていますが、こうした植物は寄生性の獲得に伴い種子の小型化が進行しており、特殊な事例だと考えられています。つまりニュージーランド以外の地域で昆虫が独立栄養植物の種子を食べ散布に寄与することがあるのかは不明なままでした。
研究の詳しい内容
このような背景のもと、本研究では、イワタハ?コ科の低木であるヤマビワソウ Rhynchotechum discolor (図1a–c)に着目しました。ヤマビワソウは光合成で自活する独立栄養植物であると考えられており、長さ約0.3 mmの小さな楕円形の埃のように小さな種子(埃種子※3)をたくさん含む半透明の白っぽい果実をつけます(図1c)。このような種子や果実の特徴は、カマドウマ※4などの昆虫によって種子が運ばれる光合成をやめた植物であるギンリョウソウ(ツツジ科)※5, 6やキヨスミウツボ(ハマウツボ科)※6のものと似通っているため、ヤマビワソウもカマドウマによって種子が運ばれる可能性があると考え、私たちは鹿児島県の奄美大島でヤマビワソウの種子散布者の調査を行いました。
まず、インターバルカメラを用いて結実したヤマビワソウを約644時間撮影し、得られた約46,500枚の写真から果実にやってきた動物の行動を観察しました。すると、カマドウマの仲間であるアトモンコマダラウマが366回、キマダラウマ属の一種が215回、アマミマダラカマドウマが111回、ムネツヤアメイロウマが21回ヤマビワソウの果実を食べにやってきたことが確認できました(図1d)。
しかし、これだけではカマドウマがヤマビワソウの種子散布者であることの証明にはなりません。もしカマドウマが種子散布者として機能しているのであれば、ヤマビワソウの種子を食べたカマドウマの糞には発芽能力を持つ種子が含まれているはずです。そこで、ヤマビワソウの果実とやってきたカマドウマを実験室に持ち帰り、ヤマビワソウの果実を餌としてカマドウマを飼育し、排泄された糞を回収し実体顕微鏡下で確認したところ、原型を保ったヤマビワソウの種子が確認されました(図1e)。さらにこの種子を培養したところ、水を与えるだけで発芽?成長することが明らかとなりました(図1f)。これらにより、ヤマビワソウは光合成で自活可能な独立栄養植物でありながら、カマドウマに被食動物散布されていることが明らかとなりました。
これまでヤマビワソウの種子は鳥によって運ばれると考えられていましたが、ヤマビワソウの果実は葉に隠れるように実っており、飛んでいる鳥が見つけにくい位置にあります(図1a)。また、熟した果実は木から自然に落下することから、ヤマビワソウは地表性の動物による散布に適しています。さらにヤマビワソウの半透明で白っぽい果実は、鳥によって散布される典型的な赤色や黒色の果実とは対照的で、主にカマドウマによって散布されるギンリョウソウやキヨスミウツボなどと酷似しています(図1b–c)。ニュージーランドでウェタに種子を散布してもらっている植物にも同じような特徴が見られることから、これらの特徴は、カマドウマをはじめとする地上を徘徊する無脊椎動物に種子を運んでもらうための適応である可能性があります。
前述の通り、昆虫による被食動物散布は、光合成をやめた植物やニュージーランドに特有の現象と考えられていました。しかし、この研究は、ニュージーランド以外でも昆虫が独立栄養植物の種子散布者として機能することを初めて証明し、カマドウマを含む昆虫が広範に種子散布を担っている可能性を示唆しています。さらに埃種子は寄生能力の獲得と関連して進化したというのが通説でしたが、(i) ヤマビワソウは埃種子を持つものの、水だけで発芽?成長する独立栄養植物であることが確認されたこと、(ii) 昆虫による被食動物散布を成し遂げるためには、昆虫の消化管を通過できるほど細かな種子が必要であることを考えると、昆虫による被食動物散布が埃種子の進化を促進する原動力として寄与した可能性もあります。
注釈
※1 寄生植物
他の植物の根や地上部に寄生し、養分を奪い取って生活する植物。
※2 菌従属栄養植物
カビやキノコに寄生し、養分を奪い取って生活する植物。
※3 埃種子
細かく多量に生産される種子のこと。種子に栄養分を溜め込む必要のない寄生植物や菌従属栄養植物でよく見られる。どれほど小さな種子であれば埃種子とするかについては議論があるが、概ね長さ0.5mm以下であれば埃種子と呼ぶことにコンセンサスが得られている。事実、ヤマビワソウの種子(約0.3mm)は、ギンリョウソウ(約0.35mm)やキヨスミウツボ(約0.5mm)の種子よりもさらに小さい。
※4 カマドウマ
バッタ目カマドウマ科に属する昆虫の総称。姿や体色、飛び跳ねる様子が馬を連想させ、昔の日本家屋ではかまどの周辺によく見られたため、この名前が付けられた。
※5 詳細は、2017年11月13日付けの神戸大学のプレスリリース「光合成をやめた植物3種の種子の運び手をカマドウマと特定」で確認できる。
※6 詳細は、2024年5月9日付けの神戸大学のプレスリリース「世界最小!ワラジムシは種子の運び屋さん」で確認できる。
論文情報
タイトル
"Unlikely allies: camel crickets play a role in the seed dispersal of an Asian autotrophic shrub"(= アジアの独立栄養性の低木の種子散布にカマドウマが一役買うというありそうでなかった関係)
DOI
10.1002/PPP3.10556
著者
Kenji Suetsugu (末次 健司), Hirokazu Tsukaya (塚谷 裕一)
掲載誌
Plants, People, Planet