国立大学法人神戸大学(本部:兵庫県神戸市、学長:藤澤 正人)、株式会社横河ブリッジ(本社:千葉県船橋市、代表取締役社長執行役員:中村 譲)、東亞合成株式会社(本社:東京都港区、代表取締役社長:髙村 美己志)は、鋼橋の塗装塗替え工事において簡易な方法で残存塩分による塗装の再劣化を防止することを目的として、「イオン交換による新しい脱塩方法を用いた塗装塗替え工法」を共同開発しました。

従来、脱塩処理が必要な場合は水洗いやブラスト処理を長時間または繰り返し行い、排水処理や施工コストの増加が課題となっていましたが、本工法では亜硝酸イオンと層状複水酸化物(LDH)による化学的な脱塩防錆機能を有するシートを用い、簡易な施工で工期を短縮しつつ塗替え塗装の品質を確保することができます。

また本工法により脱塩処理した部位では、再塗装までの間にターニング(戻りさび)が非常に発生しづらいため、鋼道路橋防食便覧で定められている素地調整後から防食下地塗布までの時間規制の緩和や、仕上げブラストの簡略化など、従来の塗替え塗装工における施工性改善にも期待できます。

本成果は9月2-6日に開催される土木学会全国大会第79回年次学術講演会で発表されます。

本工法の概要?特徴

(1) 背景

近年、高度経済成長期に建設された多くの橋梁の老朽化が問題となっており、鋼橋では部材の腐食を防ぐために定期的な塗装塗替えが行われます。ところが、沿岸部や寒冷地においては飛来塩分や凍結防止剤由来の塩分により鋼材の腐食が生じている事例が多く、これらの塩分を十分に除去しないまま塗装塗替えを行うと早期に再腐食が発生することが知られています(図1参照)。

図1 塗装塗替え後早期に再腐食が発生した事例 

 

(2) 開発経緯

従来の塗替え塗装における脱塩処理としては、高圧水による水洗いが有効とされていますが、排水処理が難しく、現場の周辺環境によっては施工できない場合もあります。ブラスト処理のみを繰り返し行う方法もありますが、十分な脱塩効果を得るには多大な時間を要し、施工コストや工期の増加が課題となります。

そこで、従来と異なる化学的な脱塩方法の適用を検討しました。腐食した鋼材から化学的な手法により脱塩?防錆を行う手法には、亜硝酸塩やキレート剤などの金属の酸化を抑制する薬品を用いたり、腐食の原因となるイオンを吸着させる多孔質や層間化合物を用いたりする方法があります。特に亜硝酸塩を含む電解質は防錆の効果が高く、環境負荷も低いため、防錆材料としてよく知られています。しかしながら、建造物に対して液体を散布したり、電解質を安定に存在させたりすることが難しいことから、塗替え塗装中でも容易に取り扱える材料が必要でした。神戸大学の水畑研究室では、従来から有していたセラミックスナノ粒子の調製方法を応用し、亜硝酸塩を層状複水酸化物に含浸させ、亜硝酸イオンを安定化し、ゲル材料とコンポジット化する技術を開発しました1, 2)。この技術をもとにこのたび、横河ブリッジホールディングスとの共同研究により、脱塩防錆機能を有するシートを開発しました3)。防錆シートを作製する上で必要なゲルは東亞合成株式会社の協力の下、市販の医療用湿布剤と同様に作製され、不織布とゲル材料で構成されているものを使用しています。(図2参照)。

図2 開発したシートの外観 

(3) 本工法の概要

使用時には、ゲル材料を覆っている離型紙を剥離し、対象部位に貼付します。このゲル材料には陰イオン交換機能を有する層状複水酸化物が含まれており、亜硝酸溶液の供給とともに対象部位に接触させると、塩素イオンと亜硝酸イオンの交換が発生します。これにより、鋼材表面に残留していた塩化物イオンが脱塩シートに吸着され、代わりに鋼材に防錆効果を付与する亜硝酸イオンが残留します(図3参照)。

図3 脱塩効果の概念図 

 

塗替え塗装工程としては、一般に素地調整工程として行われる1次ブラストと仕上げブラストの間に、任意のタイミングでシートの貼付および剥離を行います。その後は通常の塗替え塗装工程と同様であり、仕上げブラスト後に塗装工程に移ります(図4参照)。なお、シートは特に残存塩分量が多く脱塩処理が必要となる部位に対して施工します。

図4 開発したシートを用いる塗装塗替え工程の例

 (4) 本工法の特徴

〇化学的な作用による高い脱塩防錆効果

本工法の試験施工では、開発したシートの施工部位で塩分が検出されず(図5参照)、鋼材の防錆効果を有する亜硝酸イオンが残留していることが確認されました。また、施工部位を再塗装しないまま室内曝露したところ、1ヶ月以上経過してもターニング(*1)がほとんど発生しませんでした。

(*1)ターニング:ブラスト処理等により除錆した後、自然に腐食を起こし、さびが戻ること。鋼材の場合、塩化物イオンが残存していると発生し易い。

 

図5 試験施工による塩分除去効果の確認結果 表面塩分量は塩化物イオン検知管を用いて計測し,それぞれ1次ブラスト後計測値を1とした場合の仕上げブラスト後計測値の比率を示す。1次ブラスト後の脱塩処理で開発したシートを用いた場合は、仕上げブラスト後の計測で塩化物イオンが検出されなかった。
〇シート材料を貼付?剥離するだけの簡易な施工作業

本工法は、特殊な工具や設備、防水養生等を必要としません。従来の脱塩工法に比べて施工性が高く、簡単に、高い脱塩防錆効果を得ることができます。


〇環境に配慮した材料

今回開発したシートのゲル材料には、一般的に冷却シートやパップ剤等に汎用されているものが用いられています。また、防錆効果を付与する亜硝酸ナトリウムは、食品添加物としても用いられるものであり、いずれも環境負荷が小さな製品です。

 

神戸大学では、今後も環境に配慮した材料創成を通してインフラの維持管理に向けた技術開発を行ってまいります。

参考 

1) 特許7356705「防錆シートおよび防錆方法」

2) K. Kamon, et al., Electrochemistry, Vol. 82, No. 2, pp. 111-117 (2021).

3) 特開 2024-083299「塩分除去工法及び塗装塗替え工法」

 

*この研究成果はWEBリリースのみ行っています

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