神戸大学大学院理学研究科の平田直之助教は、木星衛星※1ガニメデを調査し、約40億年前のガニメデに半径150㎞の小惑星(恐竜を絶滅させた小惑星の20倍の半径)が衝突し、ガニメデの自転軸が大きく変化していたことを発見しました。ガニメデは太陽系最大の衛星で、内部に液体の水から成る海を有しており、生命の起源とも関連して精力的に研究が進められている天体です。この巨大衝突により、半径700kmもの巨大なクレーターが一時的に形成され、ガニメデの表層には大きな重力異常が生じ、1000年にわたりガニメデが振動していたと考えられます。この衝突は、痕跡が明確に残っているものの中では太陽系最大の1つで、今回の研究により初めてその規模や影響が明らかになりました。

このような衝突が天体にどのような影響を与えるのかを解明することは、天体の表層進化?構造進化?熱進化という観点で非常に重要であり、今後のさらなる研究によって月?地球の初期進化に関する研究の進展も期待できます。日本のJAXAも参加し欧州宇宙機関ESAが主導するJUICE探査機が現在ガニメデに向かっており、ガニメデの詳細な調査計画が進んでいます。将来の探査によって、この巨大衝突についてのさらなる事実が明らかになることが期待されます。この研究成果は、9月3日に、『Scientific Reports』誌に掲載されました。

図1 研究の概要図

約40億年前のガニメデに小惑星が衝突し、衝突点に対して同心円状に広がる溝(Furrow)が形成された。衝突点の位置が木星の反対側にあることから、大きな正の重力異常が生じて自転軸が変化した可能性が高い。

ポイント

  • ガニメデの表面に現れている溝(Furrowと呼ばれる構造地形)は、過去の衝突の痕跡とされていた。Furrowの中心が木星からの潮汐力が最大になる場所と一致していることに気づき、ガニメデの表層に重力異常が生じている可能性が高いことを発見した。
  • 約40億年前にガニメデに衝突した小惑星の大きさは、先の研究で半径50~150kmの範囲と推定していたが、生じた重力異常の計算分析により半径150㎞程度であることが明らかになった。
  •  ガニメデの自転軸が大きく変化したのは、この巨大衝突によるものであると言える。

研究の背景

木星の衛星ガニメデは太陽系最大の衛星であるだけでなく、惑星である水星をも上回る大きさを持つ天体です。ガニメデやエウロパをはじめとするガリレオ衛星は太陽系のミニチュアとも呼ばれ、太陽系?木星系の形成と進化という観点でも重要視されています。ガニメデにはユニークな特徴が様々にありますが、そのうちの一つが溝(Furrow?ファロウ)と呼ばれる構造地形です。Furrowはヴォイジャー1?2号が1979年に木星を通過した際に発見されました(図2)。Furrowは「畑の畝と畝の間の溝(畝間)」を意味する言葉で、あたかも畑の畝間のように整然と並んだ溝が表面にあったことからそう名付けられました。Furrowを研究する重要性として、これがガニメデで最も古い地形であるという点が挙げられます。ガニメデには層序的にFurrowよりも古い地形がなく、ガニメデが形成されて間もない時代(約40億年前)をうかがうことができる、「化石」のような貴重な記録です。1980年代の研究で、Furrowはガニメデのある1点に対して同心円状に並んでいることが発見され、小惑星が衝突した痕跡であると結論づけられました。平田助教らの2020年の論文(Hirata et al. 2020)では、Furrowの規模に基づいて、衝突した小惑星が半径50㎞~150km程度であることは示されていました。しかし、衝突した小惑星の大きさは依然として不確かで、その衝突によってガニメデにどのような影響があったのかについても不明でした。

図2:ヴォイジャー2号が撮影したガニメデの画像

右側の図に水平方向に並ぶ溝状の構造がFurrow。Furrowはガニメデのある一点(左図の+)を中心とする同心円状に広がっている。

Furrowは、月の南極エイトケン盆地に匹敵する太陽系で最大規模の衝突構造であり、この衝突はガニメデの初期の歴史に大きな影響を与えたはずであるものの、その実像はほとんどよくわかっていません。これはガニメデのデータがまだ少なく、地形や重力異常などの測地学的データすら得られていない状態だからです。研究対象として重要であっても、データがなければ研究をするのは容易ではありません。そこでこの研究で突破点となったのが、Furrowの中心の位置です。Furrowの発見自体は45年前ですが、Furrowの中心が木星からの潮汐力が最大になる場所(潮汐軸上)と一致しているということには誰も気がついていませんでした(図3)。この「潮汐軸とFurrowの中心が一致している」という事実はとても重要な意味があります。なぜならこれは、自転?潮汐?天体形状を研究する測地学的な知見に基づくと、Furrowの中心付近に大きな「正の重力異常」があるということを示唆するからです。Furrowが発見されて45年になりますが、これまでこの事実に気が付いた人はいなかったようです。この気づきを契機に、Furrow形成時の衝突について様々なことがわかりました。

図3: (上)ガニメデを裏側(木星に対して裏側)から見た図、(下)ガニメデ全体を単純円筒図法で示した地図 

研究の内容

小惑星が落ちて大きなクレーターができると、大きな穴があいたり弾き出された大量の岩塊が降り積もったりすることによって表面や地下の構造が大きく変わります。これによって周囲の部分と比べて密度分布にむらが生じ、重力的に異質な状態になります(これを重力異常と言う)。実際に、白亜紀末に恐竜を絶滅させた衝突の痕跡“チクシュルーブ?クレーター”にも重力異常があります。天体の表面に正の重力異常が生じると、その重力異常にひっぱられて自転軸が多少変化することが知られています。この重力異常が大きければ、自転軸も大きく変化します。この研究では、ガニメデ表面の衝突の規模に対し、どれくらいの重力異常が生じるのかを計算しました。そして重力異常の規模に対してガニメデの自転軸がどのように変化するかを調査しました。結果として、潮汐軸とFurrowの中心の一致を説明できるような重力異常を作り出せるのは、半径150㎞の小惑星がぶつかったと仮定する場合がもっとも整合的であることがわかりました。この小惑星は恐竜を絶滅させた小惑星の20倍の半径をもつ巨大なものであることを意味します。この時の衝突で、ガニメデには700kmの巨大なクレーターが一時的に形成されたはずであり、生じた重力異常によって、自転が安定するまでの1000年にわたりガニメデを振動させたと考えられます。

今後の展開

こういった巨大衝突は、太陽系では初期のうちは様々な所であったとされており、地球も例外ではありません。また、地質学的な研究から地球においても、大陸移動や氷河期の氷床形成によって類似の自転軸の変化が起き、地球表面環境を激変させたという仮説も提唱されています。このような意味においても、この研究は地球に関連しているといえるでしょう。また、このガニメデの衝突の規模は痕跡が明確に残っているものの中では太陽系最大であり、まさに太陽系史上最大の天体衝突イベントの1つであったと考えられます。このような大きな衝突が天体にどのような影響を与えるのかについてはまだ謎が多く、天体の表層進化?構造進化?熱進化という観点で貴重な事例であり、今後のさらなる研究によって、月?地球やガリレオ衛星の初期進化に関する研究の進展も期待できます。

日本のJAXAも参加し欧州宇宙機関ESAが主導するJUICE探査機が現在ガニメデに向かっており、ガニメデをかつてないほど詳細に調査する計画が進んでいます。米国でもエウロパ?ガニメデを探査するための探査機が準備されており、今年度中にも地球を出発する予定です。2030年代にはこれらの探査機がガニメデに到着し、新しいデータが大量に送られてくると期待します。これらの探査によって、この巨大衝突についてのさらなる事実が発見されていくと期待します。これはガリレオ衛星の起源や進化にも密接に結びついているのではないかと考えています。

用語解説

※1 木星衛星

太陽系の巨大ガス惑星である木星の周囲を公転する衛星を指す。木星には多くの衛星が確認されており、現在知られている木星衛星の総数は約100個である。中でも最も有名なものは、ガリレオ?ガリレイが1610年に発見した4つの大型衛星、いわゆるガリレオ衛星で、木星に近い側から、イオ、エウロパ、ガニメデ、カリストと呼ばれている。

謝辞

この研究は、JSPS科研費20K14538, 20H04614および兵庫科学技術協会の学術研究助成を受けて実施しました。北海道大学鎌田俊一准教授の投稿前原稿に対するご助言にもここで厚くお礼申し上げます。

参考文献

Hirata, N., Suetsugu, R., & Ohtsuki, K. (2020). A global system of furrows on Ganymede indicative of their creation in a single impact event. Icarus. DOI:10.1016/j.icarus.2020.113941

論文情報

タイトル

Giant impact on early Ganymede and its subsequent reorientation

DOI

10.1038/s41598-024-69914-2

著者

Naoyuki Hirata

掲載誌

Scientific Reports

研究者