神戸大学大学院理学研究科の小手川准教授らの研究グループは、希土類元素※1であるCe(セリウム)のf 電子※2を起源とする反強磁性状態※3によって、磁場がない状態でも巨大な伝導度を持つ異常ホール効果※4が実現することを発見しました。近年、磁化を持たない反強磁性体の応用に向けて様々な研究開発が行われていますが、対象となる物質はMn(マンガン)などの遷移金属が持つd 電子※2が寄与する物質に限られていました。今回、新たにf 電子を含む希土類化合物で大きな異常ホール伝導度が観測されたことで、今後、磁気メモリや熱電材料などへの反強磁性体の応用に向けて、f 電子の特徴を活かした性能の向上が期待されます。この研究成果は、9月5日(日本時間)に、国際学術誌『Physical Review Letters』に掲載されました。

Ce(黄緑)のf 電子が作る磁気モーメント※3(赤矢印)が反強磁性的に配列する物質中で、電流(紫)が横方向に偏って流れる様子

 

ポイント

  • 反強磁性によって無磁場で生じる異常ホール効果をf 電子系化合物で初めて実現
  • 今後、磁気メモリや熱電材料などへの応用に向けて性能の向上に期待

研究の背景

永久磁石にも応用される強磁性体※3は磁気メモリなどにも幅広く利用されています。これは強磁性体が大きな磁化を持ち、磁区※5と呼ばれるドメインの制御が容易である特性を利用しています。近年、磁化が極めて小さい反強磁性体に対しても磁区の制御を目指した研究が加速しています。磁区の制御とともに、磁場が無くとも生じる異常ホール効果はその磁区状態の読み出しを可能とします。一部の反強磁性的物質では異常ホール効果が観測されており次世代の磁気デバイスへの応用が期待されていますが、大きな応答を示す物質はいくつかのMn系の物質に限られていました。

研究の内容

 本研究グループは異常ホール効果を示す反強磁性的物質の開拓を行っており、今回、Ce2CuGe6という物質において反強磁性構造から生じる異常ホール効果を観測し、その異常ホール伝導度が強磁性体並みに大きいことを発見しました。図1に示すように、磁性体は磁気モーメント(赤矢印)の向きが反転してもエネルギー的に等しいため、どちらの状態も混在し、試料中には磁気モーメントの方向が部分的に揃った小さな領域である磁区が存在します。強磁性体は大きな磁化を持つために磁場によって磁区の制御が可能であり、それに応じて異常ホール効果の電圧の符号が反転します(図1左)。長年、このような機能性は強磁性体でのみ生じると考えられてきましたが、近年、いくつかの反強磁性的物質においても同様の効果が観測されています。今回、図1右に示すようにCe2CuGe6の反強磁性構造が磁場によって反転し、異常ホール効果の電圧も反転することが明らかとなりました。Ceは最外殻に磁性の起源となるf 電子を持ちますが、今回の成果は、このf 電子が作る反強磁性が無磁場の異常ホール効果を生じさせる初めての例と言えます。f 電子は一般的にスピン-軌道結合※6という異常ホール効果を増強するために必要な量が大きいことと、伝導電子になりにくい性質を持つことに特徴があり、従来のd電子系とは異なるメカニズムで異常ホール伝導度が大きくなっている可能性があります。

図1:(左)強磁性体の異常ホール効果。大きな自発的な磁化が存在し、磁場によって磁気モーメントの向きを制御できる。その際、ホール電圧の正負も反転する。(右)実際のCe2CuGe6の異常ホール効果。わずかな自発磁化が存在するため反強磁性構造が反転し、その反強磁性構造を起源とするホール電圧も反転する。 

今後の展開

f電子系における異常ホール効果のメカニズムを理解することで、さらなる異常ホール伝導度の向上が期待されます。異常ホール伝導度が大きくなると、わずかな電流で読み出しが可能な素子の開発に繋がる可能性があります。また、異常ホール効果を示す物質は異常ネルンスト効果※7を示すことが期待されるため、今後、熱電素子の性能向上につながる可能性もあります。

用語解説

※1 希土類元素

原子番号57番のLa(ランタン)から71番のLu(ルテチウム)のランタノイド15元素に原子番号21番のSc(スカンジウム)、39番のY(イットリウム)を加えた17元素の総称。各元素に応じて永久磁石、光ディスク、発光材料、レーザーなどに利用されている。

※2  f 電子、d 電子

電子殻に含まれる電子軌道の分類。鉄や銅などの遷移金属が固体中で持つ最外殻電子はd 電子と呼ばれ、セリウムやネオジムなどの希土類元素が固体中で持つ最外殻電子はf 電子と呼ばれ、特性が異なる。

※3 反強磁性?強磁性?磁気モーメント

磁性を持つ元素では電子が微小な磁石としての性質を生み、この微小な磁石を磁気モーメントと呼ぶ。磁性体の中では多くの磁気モーメントが整列しているが、同じ向きを向いて整列しているものを強磁性体と呼ぶ。一方、逆向きに整列するなどして磁気モーメントが打ち消すものを反強磁性体と呼ぶ。

※4 異常ホール効果

金属に電流を流し、さらに電流と垂直に磁場をかけると、磁場と電流それぞれに垂直方向に起電力が生じる。この効果は1879年にエドウィン?ホールによって発見され、ホール効果と呼ばれている。一方、大きな磁化を持つ強磁性体などでは外部の磁場が無くても同様の起電力が生じることが知られており、これを異常ホール効果と呼ぶ。

※5 磁区

物質の中で磁気モーメントの整列が揃った領域を指す。

※6 スピン-軌道結合

磁気モーメントの起源となる電子のスピン角運動量と軌道角運動量の相互作用のこと。

※7 異常ネルンスト効果

物質に温度勾配を与えた際に、それと垂直方向に電圧が生じる効果のこと。主に強磁性体で生じる。

謝辞

本研究は日本学術振興会 科学研究費補助金(課題番号:23H04871)および池谷科学技術振興財団、村田学術技術振興財団の支援を受けて行われました。

論文情報

タイトル

Large Anomalous Hall Conductivity Derived from an f-electron Collinear Antiferromagnetic Structure

DOI

10.1103/PhysRevLett.133.106301

著者

Hisashi Kotegawa

Hiroto Tanaka

Yuta Takeuchi

Hideki Tou

Hitoshi Sugawara

Junichi Hayashi

Keiki Takeda

掲載誌

Physical Review Letters

 

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研究者