神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科の高相昊特命助教 (研究当初、信州大学大学院総合工学系研究科大学院生)、工藤恒博士研究員、田口精一特命教授、信州大学工学部物質化学科の天野良彦教授、水野正浩准教授、鮫島正浩特任教授らの研究グループは、地球上で最大の再生可能エネルギー源として注目されているリグノセルロース※1の複雑な分子構造を再現する“天然基質”の合成に成功し、自然界で生じるリグノセルロースの分解反応を試験管内で再現することで、その反応機構を明らかにしました。今後、リグノセルロース分解利用技術のさらなる高効率化が期待でき、バイオ原料を活かして有用化成品を作る「バイオマスリファイナリー」※2技術開発の進展に貢献できると考えられます。
この研究成果は、『Biochemical and Biophysical Research Communications』に9月3日付けで公開されました。
ポイント
- 化学合成法によって、リグニン-キシランを繋ぐ架橋点を再現する “天然基質” を創出した。
- 「バイオ×計算科学」技術を駆使した酵素の反応機構を解明した。
- より強力な新規酵素の探索が可能となり、より高効率なリグノセルロース酵素糖化技術開発への貢献が期待できる。
研究の背景
木や草などの植物を原料とするリグノセルロースは、地球上で最大の再生可能エネルギー源として注目されています。リグノセルロース中に豊富に含まれているセルロース?キシランと呼ばれる多糖類や、リグニンと呼ばれる芳香族高分子は、単糖やモノマーにすれば微生物発酵の原料になり、プラスチック?バイオ燃料など有用化成品を作り出すための原料として利用できます。リグノセルロースの高効率分解技術は、「バイオものづくり」※3の中核技術として位置付けられています。
研究の内容
リグノセルロース中のセルロース?キシラン?リグニンの3成分は、複雑に絡み合った複合体を形成しているため、これらの3成分を収率よく分離することが極めて困難であることが、その利用を妨げとなっています。特に、成分分離を考える際、構成成分同士を繋ぎとめる“架橋点”の切断が重要ですが、その反応の解析を行うために、これまで多くの研究者が天然構造を反映しない“低分子性の人工基質”を使用しており、分解反応の理解の妨げとなっていました。
今回、本研究グループでは、化学合成アプローチによって、リグニンとキシランとの架橋点の構造を忠実に反映した“天然基質”を開発しました。これまで、リグニンとキシランとの架橋点を分解するエステラーゼと呼ばれる酵素は、既存の人工基質を用いると親和性(Km値 > 16 mM)が極端に低いために、酵素反応の理論式 (ミカエリス-メンテン式)へのフィッティング解析が不可能で、反応解析が進んでいませんでした。今回の天然基質を用いた速度論解析では、Km 0.43 mMでフィッティングに成功し、人工基質と比べて381倍高い触媒効率(kcat/Km)を示すことが分かりました。つまり、従来の人工基質を用いた活性評価では、このエステラーゼに秘められた “真” のポテンシャルを見落としていたということを意味しています(図1)。さらに、計算科学シミュレーションを駆使することで、このエステラーゼの分子認識に重要な基質分子の構造的特徴を見出すことができました(図2)。今後、開発した “天然基質” を利用することで、天然のリグニンとキシランとの架橋点分解に対する指向性スクリーニング(target-directed screening)が可能となります。すなわち、さらなる強力な天然酵素の発掘、進化工学実験による進化型酵素の作出が期待できます。より強力な酵素が発見できれば、さらなる高効率なリグノセルロース分解技術開発の実現が期待でき、リグノセルロースの利用拡大につながります。
今後の展開
リグノセルロースのような高分子の分解を理解する際、反応の相手方となる“基質”の選定がとても重要になります。本研究において、リグノセルロースに含まれる天然構造の再現に成功し、天然に存在する酵素が反応を示したことは、大きな成果でした。今後は、“天然基質”を基盤に、さらなる分子構造の拡張によって天然基質のシリーズ化を行う予定です。これによって、より強力な酵素の探索、これまで見落とされてきた重要な酵素の発掘など、より高効率なバイオマスリファイナリー技術開発に貢献すると期待できます。
用語解説
※1リグノセルロース
リグノセルロースは、植物の細胞壁を構成する主要な成分で、主に多糖類のセルロース、ヘミセルロース、および芳香族高分子のリグニンという3つの異なる化合物から構成されています。これらは植物に強度や構造的な安定性を与える役割を果たしています。また、リグノセルロースは地球上で最も豊富に存在し、植物の光合成によって再生可能なため、環境循環型のエネルギー資源として注目されています。リグノセルロースから得られる糖類や、リグニンは、バイオ燃料やバイオプラスチックの原料として利用可能できます。
※2バイオマスリファイナリー
再生可能な資源であるリグノセルロースなどのバイオマスを原料として、バイオ燃料やバイオプラスチック、医薬品原料などを生産する技術。
※3バイオものづくり
生物由来の素材を用いてものづくりを行うこと、さらには微生物などの生物の能力を活用して有用化合物などを作り出すことをいいます。化石燃料を原料としないで物質の生産を行うことができることから、カーボンニュートラル実現のキーテクノロジーとして大きな期待が寄せられています。
謝辞
この研究は、JSPS科研費(23K13870, 17K07874)および信州大学大学院学位プログラム、杉山産業化学研究所研究助成の支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル
DOI
10.1016/j.bbrc.2024.150642
著者
Sangho Koh, Yasuko Saito, Hisashi Kudo, Seiichi Taguchi, Akio Kumagai, Masahiro Mizuno, Masahiro Samejima, Yoshihiko Amano
掲載誌
Biochemical and Biophysical Research Communications