神戸大学大学院人間発達環境学研究科の内山愉太助教、佐藤真行教授、丑丸敦史教授、源利文教授、清野未恵子准教授、原田和弘教授、琉球大学医学部保健学科の喜屋武亨准教授、高倉実教授(現在は名桜大学 特任教授)の研究グループは、緑地や水辺などの自然への訪問頻度に関する不平等について、年齢や収入、子どもの頃の自然体験などの社会経済的要素と環境要素を統合的に分析し、各年齢層において訪問頻度に影響を与えることが予想される要素を明らかにしました。

質の高い自然環境へのアクセスは基本的人権であるにもかかわらず、優先順位の低い問題として扱われているのが現状です。本研究では、居住地に加え、通勤先や買い物先など、日常生活におけるさまざまな環境が緑地?水辺への訪問頻度と正の相関があることが示され、その不足が訪問頻度格差の原因となる可能性を指摘しています。今後、本研究成果の知見に基づき、年齢階層の特性に応じた都市環境整備や環境教育への応用が期待されます。

この研究成果は、10月3日に、『Journal of Environmental Management』誌に掲載されました。

研究対象地に含まれる近畿圏の都市緑地 

 

ポイント

  • 基本的な人権に含まれる緑地や水辺へのアクセスに関する不平等は、環境正義、環境格差の観点から大きな問題となっている。
  • 居住地周辺の農地、買い物先近くの草地、通勤先近くの落葉樹林などの存在が、緑地?水辺への訪問頻度と関連性があることを特定した。
  • 若年層では自然体験の不平等が、中高年層では自然との精神的なつながりの格差が、自然訪問の頻度格差と特に関連していることを解明した。
  • 農地や森林などがモザイク状に分布する里山環境は、アクセス性が高く、快適な温熱環境を備えた魅力的な伝統的景観として、自然訪問の頻度格差を是正するポテンシャルがある。

研究の背景

緑地や水辺へのアクセスにおける不平等は、環境正義および環境格差の観点から重要な問題となっています。質の高い自然環境へのアクセスは基本的人権の一部であり、その重要性は高いものの、多くの政策においては優先度が低く扱われがちです。これは、経済成長によって間接的に解決できると考えられていることが一因で、環境格差の現状はまだ十分に把握されていません。

本研究は、こうした現状を明らかにするため、居住地に限らず、通勤先や買い物先など、日常生活におけるさまざまな環境が緑地や水辺への訪問に与える影響を調査?解析しました。従来の研究が主に居住地周辺に焦点を当てていたのに対し、本研究では、より幅広い環境を対象にしました。

研究の内容

私たちは、住宅地、職場、商店街などの近隣環境の土地利用に注目しました。そして、農地、草地、落葉樹林などの面積やそれらの周長は、自然訪問頻度と関連していることを特定しました。さらに、幼少期の自然体験や精神的な自然とのつながりなどの要素も自然訪問頻度と相関があることが分かりました。私たちは、土地被覆データに適用したGIS解析技術と、社会生態学的要因に関する学際的な分析経験をもとに、これらの様々な環境?要因を含む独自の研究枠組みを構築しました。

本研究の特徴として、緑地?水辺への訪問における不平等の詳細な状況を詳しく把握するために、年齢、収入、子どもの頃の自然体験など、環境要素に加え社会経済的要素も統合的に分析し、異なる年齢層における各要素の重要性を解析しました。具体的には、阪神圏および東京圏を対象にアンケート調査(回答者3,500名)と結果の解析をしました。

詳細な結果としては、いくつかの土地利用分類(すなわち、居住地周辺の農地、買い物先近くの草地、通勤先近くの落葉樹林など)の存在が、緑地?水辺への訪問頻度と正の相関があることが示され、その不足が訪問頻度格差の原因となる可能性が示唆されました。特に、それらの生態系の面積だけでなく形態の複雑さを示す周長も、有意な要素であることが分かりました。

年齢階層別では、若年層では、自然体験の不平等が自然地訪問頻度の格差と相関する重要な要素であることが明らかになりました。中高年層では、自然との精神的なつながりが訪問頻度と正の相関があり重要な要素であることが分かりました。

特に、複雑な形状の緑地の存在が自然訪問頻度と相関していることは興味深い結果です。その結果は、里山のような複雑な伝統的景観は自然訪問を促進する可能性があることを示唆しており、都市内や周辺の里山環境の保全の意義を示しています。

今後の展開

今後の対策として、日本を含むモンスーンアジア地域では、農地や森林などがモザイク状に分布する里山環境は、アクセス性が高く、快適な温熱環境を備えた魅力的な伝統的景観としてのポテンシャルがあり、生態系への訪問における不平等を減らすために保全や利用を促す意義があるといえます。 

今後の研究展開としては、本研究で得られた知見に基づき、社会経済的地位や地域環境の異なる人々の自然訪問と健康との詳細な関連性を明らかにするために、地理的剥奪指数※1を考慮しながら、自然訪問と相関する健康状態にさらに焦点を当てる予定です。また、携帯電話のGPSデータなどのビッグデータを活用することで、詳細な自然との接点を検出することも新たな研究テーマとして取り組んでいます。私たちは、基本的人権の一部である自然へのアクセスに関する環境正義の実現、環境格差の低減に貢献したいと考えています。また、自然へのアクセスの不平等は他の社会問題や環境問題の根源の一つであり、自然へのアクセス格差の問題に取り組むことが、その他の問題を同時に解決する有効な手段になると考えています。   

用語解説

※1 地理的剥奪指標

居住地区の高齢単身世帯の割合や失業率などの指標を基に地域の困窮している度合いを推計する指標。日本では中谷友樹教授(東北大学)らの研究がある。

謝辞

本研究は、科研費プロジェクト(JP23K25067; JP23K28295)及び環境研究総合推進費(1FS-2201)の支援を受けて実施しました。

 

論文情報

タイトル

Local environment perceived in daily life and urban green and blue space visits: Uncovering key factors for different age groups to access ecosystem services

DOI

10.1016/j.jenvman.2024.122676

著者

Yuta Uchiyama, Akira Kyan, Masayuki Sato, Atushi Ushimaru, Toshifumi Minamoto, Mieko Kiyono, Kazuhiro Harada, and Minoru Takakura

掲載誌

Journal of Environmental Management

研究者

SDGs

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