津田明彦 准教授

下水から発生するメタンを利用し、医薬品原料などの化学品を生産する実証実験を、神戸大学発スタートアップの光オンデマンドケミカル株式会社(代表取締役CEO=津田明彦?理学研究科准教授)が始めた。津田准教授の研究チームは、メタンと塩素などに光を当てて化学反応を起こし、有用な化学品を生み出す「光ものづくり」の手法を開発。2024年4月に会社を設立し、9月から神戸市の下水処理場で実証実験に着手した。グリーントランスフォーメーション(GX)の推進につながる画期的な研究が実った背景、今後の展開などについて、津田准教授に聞いた。

「光ものづくり」の研究を始めたきっかけについて教えてください。

津田准教授:

大学院で研究していた時、実験に使うクロロホルムの処分方法について考えたのが最初のきっかけです。クロロホルムは燃えにくいため、2倍の量の灯油を使って焼却しなければならず、環境への負荷が大きいと感じていました。

クロロホルムの分解方法として、光を当てる手法があることは知られていました。ただ、反応が起こりにくいため、分解できるのは微量で、取り組む価値はないと考えられていました。そこで、大量に分解できるようにならないか、と研究に取り組み始めたのが2008年ごろのことです。

研究者としての人生は1回きりなので、実用化ができ、広く世の中の役に立つような研究をしたいという気持ちが強かったですね。

逆風の中で生まれた「光オン?デマンド合成法」

研究はどのように進んだのでしょうか。

津田准教授:

研究を重ねる中で、クロロホルムに強い紫外光(紫外線)を当てると、非常に効率的に分解できることを発見しました。さらに、分解するだけでなく、分解で生成される化学物質ホスゲンに注目したのが、私たちの研究の特徴です。

ホスゲンは非常に有用な物質で、ポリウレタンの原料などに幅広く使われています。しかし、毒性が極めて高く、そのままの形で貯蔵するのは危険が伴います。そこで、分解によって生成されたホスゲンを瞬時に化学反応させ、有用な化合物に変えるという方法を考えついたのです。

その一連の手法が、私たちの開発した「光オン?デマンド合成法」で、世界初の技術です。この合成法を使うと、ホスゲンは一瞬で消失し、必要な化合物だけが残ります。また、光の照射を止めるとホスゲンの生成が止まることから、安全性も高いといえます。

この研究成果を社会に出すまでには、10年以上の歳月がかかりました。背景の一つとして、ホスゲンの危険性があります。一歩間違えれば兵器にも転用が可能な物質であり、開発した技術の安全性を確認できるまで論文発表なども控えていました。また、最初の数年は、研究を評価してくれる人もほぼいませんでした。唯一、神戸大学の産学連携担当者が企業との共同研究の実現に奔走してくれ、その支援が現在の成果につながりました。

神戸市との連携で下水処理場のメタンを活用。GX推進へ

今年始めた実証実験では、メタンを原料にホスゲンを生成する仕組みですね。これまでの研究とのつながりは?

津田准教授:

クロロホルムを原料とする手法について、2016年くらいから企業との共同研究を進めていたのですが、大企業が求める生産規模は非常に大きく、実用化となるとさまざまな課題がありました。

そこで2023年から、別の原料としてメタンに注目し始めました。地球温暖化の原因となっている温室効果ガス排出量のうち76%は二酸化炭素ですが、次に多いのがメタン(18%)です。従来は、化学品への変換が難しいとされ、二酸化炭素に比べ、化学品原料としての活用研究はほとんど行われていませんでした。

しかし、メタンと塩素と酸素を組み合わせ、私たちが開発した「光オン?デマンド合成法」を使えば、ホスゲンを生成することが可能ではないか、と思いついたのです。長年の研究の積み重ねが生んだアイデアでした。メタンの活用は、グリーントランスフォーメーション(GX)の推進という観点からも画期的です。システムを作り上げ、神戸大学の知的財産の担当者と相談しながら、特許も出願しました。

下水処理場から出るメタンの利用を考えたきっかけは、神戸市東灘区にある処理場の近くを通るたびに、大きなタンクが気になっていたからです。調べてみると、下水処理の過程で発生するメタンをバイオガスとして活用しているということでした。神戸大学内でベンチャー支援などを行っている株式会社神戸大学イノベーション(KUI)に、神戸市との連携について相談したところ、トントン拍子に話が進み、2024年4月から実験に向けた準備が始まりました。

メタンを原料とする光ものづくりの流れ(津田准教授提供)

会社を設立したのはなぜでしょうか。

津田准教授:

会社の設立は、メタンの活用開始と深く関係しています。過去の経験から、既存企業と共同で大規模な生産を目指すのではなく、スタートアップ企業として、高付加価値の化学品を小?中規模で生産する方向性のほうが実用化が速いのではないか、と考えたのです。

実際、ホスゲンから作られる化学品は医薬品原料、農薬原料、接着剤、香料など多種多様で、少量生産でも付加価値を重視したビジネスが成り立ちます。また、ホスゲンを原料とする化学品生産の市場は世界で数十兆円ともいわれ、マーケットは巨大です。

実用化のカギはシンプルさ、低コスト、安全性

下水処理場での実証実験に取り組む津田准教授(右)と学生=神戸市東灘区(津田准教授提供) 

下水処理場での実証実験は、今後、どのような広がりが期待されますか。

津田准教授:

下水処理場は全国にあるので、神戸での実証実験は今後の展開を考えると大きな意味があります。下水処理場が化学品生産の工場になる未来が見える、ということです。

神戸で生まれた研究なので、まずは神戸を「光ものづくり」の拠点にしたいと考えています。実証実験を行う東灘処理場以外にも、バイオガスを活用する処理場を広げてもらえないか、という期待を持っています。実証実験には神戸大学の学生たちがかかわっており、このプロジェクトは教育という面でも大変役立っています。

また、大阪市との連携も進めています。私たちの会社は、公益財団法人大阪産業局がスタートアップに資金支援を行うプログラム「起動」で、第2期の採択者に選ばれ、それが飛躍のきっかけになりました。大阪、関西にその恩返しをしたいと考えています。

スタートアップとしての展望を教えてください。

津田准教授:

私たちの研究は、廃棄物を化学品の原料にアップサイクルする世界初の取り組みです。廃棄物は下水に限らず、家畜の糞尿、生ごみなどさまざまなものが活用できます。会社の事業を分かりやすく説明する時には「うんちから薬をつくる会社」と言っています。

実用化を進める際、重要なのはシステムがシンプルで、高いコストを必要とせず、さらには誰でも安全に使えるということです。

先ほどもホスゲンの危険性に触れましたが、革新的な発明は悪用される可能性もあるということを、私たちは常に意識しておく必要があります。悪用を防ぐためには、社会に情報を提供していくことが不可欠だと思っています。研究成果が人々の生活を豊かにし、かつ安全に使われるように、社会全体で監視してもらう必要があります。

メタンを原料とする化学品生産のシステムは、国内外の多くの企業から引き合いがきており、最近では、京都の第一工業製薬との共同研究契約を結びました。一連の研究に関連し、取得?出願した特許は約40ありますが、今後は100以上になると予想しています。

今後1、2年で実用化に向けた動きが大きく前進すると思います。神戸大学発のスタートアップとして、社会の役に立つ取り組みをさらに進めていきたいと考えています。

津田 明彦 准教授 略歴

1997年3月信州大学工学部卒業
1999年3月大阪大学大学院工学研究科 修士課程修了
2002年3月 京都大学大学院理学研究科 博士後期課程修了
2002年4月東京大学大学院工学系研究科 助手
2007年4月東京大学大学院工学系研究科 助教
2008年4月神戸大学大学院理学研究科 准教授

研究者

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