必威体育感染症(COVID-19)の原因となるウイルスSARS-CoV-2は、宿主の抗ウイルス自然免疫応答を回避することで感染を成立させ、重篤な呼吸器疾患等の病原性を発症することが知られています。しかしながら、宿主の抗ウイルス自然免疫応答によるSARS-CoV-2の排除機構、ならびにウイルスによる回避機構のメカニズムは不明でした。新潟大学大学院医歯学総合研究科ウイルス学分野の阿部隆之教授(研究当時、神戸大学大学院医学研究科 准教授)、神戸大学大学院医学研究科感染制御学分野の勝二郁夫教授の共同研究グループは、(1)宿主の抗ウイルス自然免疫応答が、SARS-CoV-2のヌクレオキャプシド蛋白質(注1)を標的としたウイルス排除に機能すること、(2)SARS-CoV-2のパパイン様プロテアーゼ遺伝子(注2)が宿主の抗ウイルス自然免疫応答を阻害することを明らかにしました(図1)。この結果は、ウイルスプロテアーゼ遺伝子を標的とした抗ウイルス剤が、ウイルス複製を直接阻害するだけではなく、抗ウイルス自然免疫応答の回復に伴う相乗的なウイルス排除及び治療効果が期待できることを示唆します。
本研究成果は、2024年8月9日にウイルス学の国際専門誌「Journal of Virology」(アメリカ微生物学会の医学専門誌)のオンライン版に掲載され、Editor’s Pickに特集されました。
ポイント
- 宿主の抗ウイルス自然免疫応答は、SARS-CoV-2ヌクレオキャプシド蛋白質を標的としてウイルス排除に機能する。
- 抗ウイルス自然免疫応答として機能するISG15化反応(ISGylation)(注3)が、SARS-CoV-2の増殖を阻害する。
- SARS-CoV-2パパイン様プロテアーゼ遺伝子は、ISG15化反応を阻害することで宿主の抗ウイルス自然免疫応答から逃れている。
研究の背景
必威体育感染症(COVID-19)の原因となるSARS-CoV-2は、多様な変異を獲得しながら我々の社会に市中感染として根付いています。近年、mRNAワクチンやウイルスプロテアーゼ阻害剤の開発によりCOVID-19の予防及び治癒が期待されていますが、その副反応ならびに薬剤耐性ウイルス株等の出現が懸念されています。加えて、SARS-CoV-2の感染を媒介する中間宿主動物なども明確には同定されておらず、過去の近縁コロナウイルスの感染流行を顧みても近い将来での再流行が懸念されます。SARS-CoV-2のウイルス学的性状の中で、特に、宿主の抗ウイルス応答とウイルスによる回避機構の分子機序は明らかとされていません。自然免疫誘導性のISG15化反応は、様々なウイルス感染に対して主要な抗ウイルス応答として機能しますが、その作用機序ならびにウイルスによる回避機構はウイルス毎に多様であり、その包括的な分子機序は未だ明らかにされていません。本研究では、SARS-CoV-2感染に対するISG15化反応によるウイルス排除機構と、ウイルスによる回避機構の分子機序解明に取り組みました。
研究の内容
本研究では、SARS-CoV-2のウイルスゲノムにコードされているウイルス由来構造及び非構造蛋白質に対するISG15化反応の標的分子を探索しました。その結果、ウイルスゲノムを包理し、ウイルス粒子構造の基盤となるヌクレオキャプシド蛋白質が、抗ウイルス応答として機能するISG15化反応を特異的に受けることを初めて見出しました。さらに、いまだそのウイルス学的な性質と機能が不明な、ヌクレオキャプシド蛋白質C末端SB/N3ドメイン内に存在する374番目のリジン(K)残基がISG15化の反応部位であることを発見しました。さらなる解析から、ISG15化反応を受けたヌクレオキャプシド蛋白質は、ウイルス粒子構造の形成が阻害されることも確認しました。一方で、SARS-CoV-2由来nsp3遺伝子内にコードされているパパイン様プロテアーゼ遺伝子が、ヌクレオキャプシド蛋白質のISG15化反応を阻害することを突き止めました(図2)。この結果より、SARS-CoV-2は宿主の自然免疫反応を巧妙に阻害することで感染を成立させ、ウイルス感染固有の病原性を発症していることが明らかとなりました。
今後の展開
ウイルスプロテアーゼを標的とした抗ウイルス剤は、ウイルス複製を直接阻害できる一方で、薬剤耐性ウイルス株の出現が懸念されます。本研究で宿主の抗ウイルス自然免疫応答の標的となることが明らかとなったヌクレオキャプシド蛋白質は、酵素活性を保持せず、またウイルス粒子構造の形成に必須のウイルス遺伝子です。今後は、ヌクレオキャプシド蛋白質を直接標的とした抗ウイルス剤の開発(Direct-Acting Antiviral:DAA(注4))と、プロテアーゼ阻害剤との併用療法による治療戦略が期待されます。
用語解説
(注1)ヌクレオキャプシド蛋白質
SARS-CoV-2由来ORF9にコードされているウイルス構造蛋白質である。N末端側にはウイルスRNAゲノムと結合するRNA結合ドメインが、C末端側には二量体及び多量体化に関与する機能ドメインが存在する。ウイルスゲノムを包理した後、エンベロープやスパイク蛋白質を被った感染性ウイルス粒子として成熟する。本研究で明らかとなった、ISG15化反応部位を含むSB/N3ドメインのウイルス学的性質及び機能的意義は明らかとなっていない。
(注2)パパイン様プロテアーゼ遺伝子
SARS-CoV-2由来nsp3遺伝子内にコードされている、316アミノ酸からなるパパイン様プロテアーゼ(Papain-like protease:PLpro)であり、ユビキチンやISG15化反応のようなユビキチン様蛋白質修飾反応を切断する。COVID-19治療薬の主要な標的分子の一つである。
(注3)ISG15化反応
基質蛋白質のリジン(Lysine:K)残基に、インターフェロン(Interferon:IFN)によって誘導されたISG15分子が共有結合するユビキチン様蛋白質修飾反応である。ISG15分子が結合したウイルス蛋白質はその機能が阻害されることが報告されている。
(注4)Direct-Acting Antiviral:DAA
ウイルスの構造及び非構造蛋白質を直接標的とした抗ウイルス剤の呼称(ウイルス蛋白質に結合し、蛋白質機能を不活性化に導く)。プロテアーゼやポリメラーゼなどの酵素活性を保持するウイルス非構造蛋白質や、酵素活性を保持しないウイルス蛋白質も標的となる。
謝辞
本研究は、公益財団法人ひょうご科学技術協会、公益財団法人小林財団、公益社団法人関西経済連合会、神戸薬科大学学長裁量経費研究助成、南海ビルサービス奨学寄附金などの研究費支援を受けて行われました。
論文情報
タイトル
“SARS-CoV-2 papain-like protease inhibits ISGylation of the viral nucleocapsid protein to evade host anti-viral immunity” (SARS-CoV-2パパイン様プロテアーゼは宿主抗ウイルス応答を回避するためにヌクレオキャプシドのISGylation反応を阻害する)
DOI
10.1128/jvi.00855-24
著者
Aulia Fitri Rhamadianti, Takayuki Abe, Tomohisa Tanaka, Chikako Ono, Hisashi Katayama, Yoshiteru Makino, Lin Deng, Chieko Matsui, Kohji Moriishi, Fumi Shima, Yoshiharu Matsuura, and Ikuo Shoji(Aulia Fitri Rhamadianti、阿部隆之、田中智久、小野慎子、片山尚、槇野義輝、鄧琳、松井千絵子、森石恆司、島扶美、松浦善治、勝二郁夫)
掲載誌
Journal of Virology