名古屋大学大学院工学研究科の日出間 るり 教授の研究グループは、神戸大学、イギリスのThe University of Liverpoolとの共同研究で、高分子を極めて低濃度で添加した流体の流動挙動が、安定化(層流化)、不安定化(乱流化)注1)する現象について、その境界を新たに発見しました。

高分子を添加した流体において、レイノルズ数(Re)注2)の大きな条件下で流体の乱れが抑えられる抵抗低減(DR)注3)という現象が観察されることは長年知られていたことでした。これに対して近年、乱流が生じるRe領域のうち、Reが比較的小さな条件では、高分子の添加が流体を完全に層流化させたり、高分子の弾性に由来する特殊な乱れを誘発し乱流化させたりする現象が見いだされました。しかし、これらの現象は流体の流速や高分子の濃度に比例しない、非線形性を伴うため定量化が難しく、高分子を添加した流体における層流と乱流の境目や、この変化が生じる条件は明らかとなっていませんでした。

本研究は、高分子の伸長と緩和(直線状の高分子が伸びた後、元の形に戻ること)という形態変化と、Reで決まる条件によって、流体の層流?乱流が決まることを明らかにしました。流動場の層流?乱流を制御することにより、流体輸送の省エネルギー化、効率的な攪拌技術の開発、高分子溶液の射出制御など、流体関連プロセスの技術革新への貢献が期待されます。

本研究成果は、2024年10月25日に国際学術誌『Physics of Fluids』に掲載されました。

 

本研究のポイント

  • 高分子を流体に添加すると、流体が流れる際に乱れる?乱れない領域が突然変わることが知られていたが、その境目や変化が生じる条件は明らかになっていなかった。
  • 本研究により、流体内での高分子の動きが、流体全体の流れ方を決めることが分かった。
  • 流体輸送の省エネルギー化や効率的な攪拌(かくはん)技術の開発など、流体関連プロセスの技術革新への貢献が期待される。

研究背景と内容

流体が流動する際、層流になるか乱流になるかは、流体の慣性力(流体の運動量)と粘性力(流れを抑制しようとする力、流体の動かしにくさ)の比であるレイノルズ数(Re)で決まります。Reが小さい場合は、粘性の影響が強く層流となり、Reが大きい場合は、慣性の影響が強く乱流になります。通常、Reが2300を超えると乱流になることが知られています。

流体を流路で輸送する際は、乱流を抑制できる方が省エネルギーとなります。しかし、流路幅がメートルサイズの流動場では、Reが容易に2300に達し、乱流が生じます。ここに分子量が106程度の高分子を添加すると、乱流への遷移が遅れ、層流が持続します。この現象は、抵抗低減(DR)と呼ばれ、流体輸送の省エネルギー化のために実用化もされています。しかし、DR効果には上限があり、DRが生じ始める条件も明確ではありません。また、近年、流体に添加する高分子の影響は、高分子濃度、流速、それに伴うReの上昇などの指標に対し一様ではなく、高分子添加が逆に乱れを誘発する弾性不安定注4)という現象もあることが示唆されました。つまり、どのような条件で流体が乱れ、乱れないか、流体全体の挙動に高分子が与える影響が明らかとなっていませんでした。

この問題に対し本研究は、高分子が流体の動きに伴い、流体中で伸長、緩和(直線状の高分子が伸びた後、元の形に戻ること)することが、流体の挙動を変化させると考え、これを実験的に明らかにすることを目的としました。

ひも状、直線状の形を持つ高分子は、伸長応力注5)がかかると伸長し、せん断応力注6)がかかると、逆にひもが丸くなるような縮んだ形態をとりやすくなります。このため、高分子を伸長させるには、流体に伸長応力を与える必要があります。しかし、通常の円管に流体を流すと、壁面では速度がゼロ、円管の中心で流速が最大となるため、この速度差により流動場ではせん断応力の影響が大きくなります。高分子の流体への影響は、高分子が伸長した時に顕著となるため、本研究は、高分子が伸長しやすい、伸長流動が支配的な流動場を用意しました。それが、図1に示した二次元(2D)流動場注7)に円柱列を設置して発生させる2D乱流です。2D流動場は壁面を持たないため、せん断応力の影響が小さいうえ、ここに円柱列を設置すると円柱列付近では面積の減少により局所的な流速の上昇が生じ、伸長流動を発生させることができます。このため、円柱列から発生した渦と、それが発達した2D乱流は、伸長流動の影響が大きい流動場となります。そして、ここに高分子を添加すると、円柱列付近での伸長応力の影響により伸長した高分子が乱流中の渦放出に与える影響を定量化できます。

本研究では、高分子として分子量が3.5×106 のポリエチレンオキシド(PEO3.5M)、8.0×106 のポリエチレンオキシド(PEO8.0M)、6.0×106 のポリアクリルアミド(PAM6.0M)を添加しました。それぞれの高分子を添加した水溶液で2D乱流を発生させ、速度場を計測して、流速や高分子濃度に対して渦放出を可視化したところ、PEO3.5Mの場合には、濃度の増加とともに、渦が変形(層流に近づいた乱流)、消滅(完全な層流化)、再生成(再乱流化、不安定化)することが分かりました。

図1:二次元乱流中で生じる渦放出を速度場計測と解析により可視化

このような流動挙動の変化を、種類や分子量が異なる高分子、異なる流速で測定し、整理したものが図2左図です。流動場を、乱れの程度を表すReと、高分子の伸長の程度を表すワイゼンベルグ数(Wi)注8)により整理し、高分子添加により渦が変形し乱れが抑制されていく領域(青色の領域)、渦が消滅し乱れが完全に抑制される領域(緑色の領域)、高分子の弾性により不安定流動が誘起された渦が再生成する領域(赤色の領域)があることを明らかにしました。さらに、それぞれの流動場の速度場計測から、流動場の乱れの程度を表す乱流エネルギーk注9)を求めました(図2右図)。すると、渦が消滅する濃度までは乱流エネルギーkは減少、再生成で再び上昇しました。そこで、乱流エネルギーk上昇の原因となる乱流エネルギー生成項注10)を計算しました。すると、高分子の寄与を考慮しない式で計算した場合は、渦の再生成が見られる際に、乱流エネルギー生成項に上昇が見られないことが分かりました。このことから、乱流エネルギーの生成には、高分子の寄与を考慮する必要があること、さらに、高分子の伸長と緩和が寄与していることが示唆されました。

図2:(左図)ReとWiによる渦放出の特徴の分類。Maは粘弾性マッハ数と呼ばれ、Ma=√(Re/Wi)で表される無次元数。Elは弾性数と呼ばれEl=Wi/Reで表される無次元数。(右図)円柱下流の乱流エネルギー。高分子を添加すると、添加していない場合に比べ、乱流エネルギーは大きく低下する。渦が完全に消滅するPEO3.5Mを0.75×10-3wt%添加した溶液まで、乱流エネルギーが低下し、渦が再生成する1.00×10-3wt%、1.25×10-3wt%で再び上昇した。

成果の意義

本研究で用いた低濃度高分子溶液のような、観察するスケールや与える力の条件により、流動挙動が変化する流体は複雑流体注11)と呼ばれます。極めて低濃度な複雑流体は、静置下では水とほぼ物性値が変わらないにも関わらず、流動時のみ、ある条件下で転移的(突然生じること)に変化が生じるため、定量化が困難で、その流動挙動は十分に解明されてきませんでした。本研究の成果は、このような複雑流体の流動挙動の転移が生じる条件を、流動場の状態を表すReと流体内部での高分子の伸長を表すWiにより特定した点に、学術的な意義があります。本研究の知見により複雑流体の流動挙動を予測できると、流動場の乱流を抑制した流体輸送の省エネルギー化、高分子の弾性に由来する不安定流動を利用した効率的な撹拌、高分子溶液の射出挙動を制御した素材製造プロセスの高精度化など、高分子が関連する様々な製造プロセスの省エネルギー化や、高効率化、高精度化につながる実用的な意義があります。

本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)『創発的研究支援事業』(JPMJFR203O)、岩谷科学技術研究助成の支援のもとで行われました。

用語説明

注1)安定化(層流化)、不安定化(乱流化):

流体が流動する際、乱れの無い安定した流れを層流、不安定な乱れた流れを乱流と呼ぶ。流体が層流化するか、乱流化するかは、レイノルズ数(Re)という無次元数で表され、通常Reが2300以上で乱流になる。

注2)レイノルズ数(Re):

流体の流動挙動を定量化する無次元数で、慣性力と粘性力の比として表される。

注3)抵抗低減(DR):

高分子を添加した溶液は、Reが2300を超えても乱流に変化しにくい。この現象を抵抗低減と呼ぶ。

注4)弾性不安定:

抵抗低減に対して、Reが小さいにも関わらず、高分子を添加した溶液が不安定流動を示す場合があり、これを弾性不安定と呼ぶ。

注5)伸長応力:

物体の両端をつかんで、引っ張る方向の力。

注6)せん断応力:

物体を板に挟んで、それぞれの板を反対方向に動かすような、斜めの力。

注7)二次元(2D)流動場:

本研究で用いる2D流動場は、ナイロン糸で作った枠組みの中に、流動場に影響を及ぼさない界面活性剤2wt%を添加した水溶液を流すことにより作成する。枠組みに界面活性剤水溶液を流すと、厚さ約4 マイクロメートルの水層の表面を、10ナノメートル以下の界面活性剤が挟んだ流動場ができる(流れるシャボン玉)。水層の厚さに対して、界面活性剤は非常に小さく影響を及ぼさないため、この流動場は水層の流動と考えることができ、その面積に対して、厚みが非常に小さいため、2D流動場として定義される。2D流動場の周囲は大気で、壁面を持たないため、流動場へのせん断応力の影響は小さい。

注8)ワイゼンベルグ数(Wi):

物体に伸長変形を与える速度(伸長速度)と、物体が変形してから緩和するまでにかかる時間(緩和時間)をかけた値。高分子水溶液を例にとると、高分子水溶液に加わる伸長速度と、高分子の緩和時間をかけた値。ワイゼンベルグ数が1より大きいと、高分子は伸長した状態にある。

注9)乱流エネルギーk:

流体の運動エネルギー。乱流エネルギーが大きいと、流動場の乱れが大きい。

注10)乱流エネルギー生成項:

流体の乱流エネルギーは、流体中での乱流エネルギーの生成、消散、拡散により決まる。乱流エネルギー生成項は、生成に関する値を計算した項である。

注11)複雑流体:

分子量が大きな高分子を極めて低濃度で添加した流体は、加えた力に依存しない複雑な流動挙動を示すため、複雑流体と呼ばれる。例えば、同じ高分子を、同じ濃度で添加した溶液でも、流動させる流路の大きさや、観察する時間の長さに依存して、流動の安定?不安定が変化する。

論文情報

タイトル

"Polymer-doped two-dimensional turbulent flow to study the transition from Newtonian turbulence to elastic instability"

DOI

10.1063/5.0225654

著者

Kengo Fukushima (福嶋賢悟)1, Haruki Kishi (岸治希)1, Ryotaro Sago (佐合涼太郎)1, Hiroshi Suzuki (鈴木洋)1, Robert J. Poole2, Ruri Hidema (日出間るり)3*  (*責任著者)

1. 神戸大学, 2. University of Liverpool, 3.名古屋大学

雑誌名

Physics of Fluids

研究者