津久井進さん 

阪神?淡路大震災は、災害にかかわる法制度の問題点を浮き彫りにした。戦後まもなく制定された法律では現代の大災害に対応できず、被災者から新たな支援制度を求める声が高まった。それから約30年。法制度は少しずつ改善されてきたものの、災害が起こるたびに問題点が指摘され続けている。弁護士として数々の被災地に足を運び、法制度の提言にもかかわってきた元兵庫県弁護士会会長、津久井進さん(神戸大学法学部出身)に、災害法制の現状や今後の課題について聞いた。

阪神?淡路大震災発生後の1995年4月、神戸で弁護士としての活動を始められました。当時はどのような仕事を?

津久井さん:

神戸弁護士会(現?兵庫県弁護士会)の活動で、被災者の無料法律相談を担当したり、被災地で起きた事件の国選弁護人を務めたりしました。相談で多かったのは、借地?借家をめぐる問題でした。被災の弱みに付け込んだ詐欺、避難所での傷害事件などもあり、きれいごとでは済まない話が多かったですね。

弁護士会の提言活動では、特にかかわったテーマが3つあります。罹災都市法(罹災都市借地借家臨時処理法)、被災マンションの再建に関係する「区分所有法」、被災者への公的支援をめぐる問題です。

罹災都市法は1946年、戦災復興のために制定されました。被災した借地?借家人の保護に重点が置かれており、それで救われる人もいるのですが、戦災後のバラックを想定した法律で、土地価格が高騰した現代社会で適用するには無理がありました。阪神?淡路大震災では、住宅や土地を貸す側も同じ被災者で、法が争いを生み、復興を阻んでいる状況がありました。

1962年にできた区分所有法も、大災害でマンションが被災する状況を想定していませんでした。建て替えか補修かをめぐって住民同士の訴訟になったケースもあり、法の不備が露呈しました。

また、被災者への公的支援をめぐっては当時、生活や住宅再建を支援する現金給付の制度がなく、仮設住宅などの現物給付に限られていたことが大きな問題でした。神戸弁護士会としては当初、住宅再建共済制度の実現を目指しました。一方、被災者からは現金給付による支援を求める声が上がり、立法運動が広がっていきました。

阪神?淡路大震災の宿題を次の被災地で改善

そうした法制度は、どのように見直されましたか。

津久井さん:

罹災都市法は阪神?淡路で問題点が指摘されたのを受け、東日本大震災(2011年)の被災地では適用されず、2013年に廃止されました。そして、新たに被災借地借家特措法(大規模な災害の被災地における借地借家に関する特別措置法)が制定されました。阪神?淡路の後、日本弁護士連合会(日弁連)などが問題提起を続けた成果といえます。

被災マンションの課題については、2002年にマンション建て替え円滑化法が制定され、区分所有法とともに改正が重ねられています。耐震性不足など安全面で問題のあるマンションの建て替え、売却を容易にするといった見直しが図られています。

公的支援に関しては阪神?淡路の被災者の運動が実り、1998年、現金給付を盛り込んだ「被災者生活再建支援法」が成立しました。当時は最高100万円の支給で、用途も限定されていましたが、現在は最高300万円の支給となり、用途制限も撤廃されました。この法律は今、被災者支援の制度として一定程度、機能するようになったと思います。

いずれの制度でも解決されていない課題はありますが、過去の災害の教訓をもとに少しずつ進んでいます。

ほかにも、30年で前進した制度はありますか。

津久井さん:

阪神?淡路大震災の大きな宿題となった二重ローン対策も、この30年で前進しました。東日本大震災を経て、被災ローン減免制度(自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン)の運用が始まりました。ただ、それでは過去のローンが減免されるだけで、高齢者は新たなローンを組むことが難しいという課題がありました。そこで、熊本地震(2016年)では、被災高齢者向けに住宅再建の融資制度が設けられました。

阪神?淡路の経験をもとにさまざまな団体が提言を続け、次の被災地、さらにその次の被災地で改善していくというバトンリレーのような動きは、二重ローン問題が典型だったと思います。

また、災害で亡くなった人の遺族に弔慰金を支給する「災害弔慰金法」も、東日本大震災で前進したといえます。阪神?淡路の際は、兄弟姉妹が遺族として認められておらず、弁護士会などが繰り返し法改正を訴えました。その結果、東日本大震災を機に法律が改正され、生計を同一にする兄弟姉妹が遺族の場合も弔慰金支給の対象となりました。

被災は人権が損なわれている状態。復興は人権の回復

津久井進さん(西宮市の芦屋西宮市民法律事務所) 

被災地の復興で、法制度が果たす役割についてどう考えますか。

津久井さん:

多くの人は意識していませんが、被災とは人権が損なわれている状態です。復興や生活再建は人権の回復であり、それには法律が必要になるということです。

しかし、阪神?淡路大震災が示したのは、法制度に二次的な被害の種があるということでした。法律が存在しても内容に問題があったり、そもそも法律がなかったりしました。阪神?淡路で明らかになった問題が、今なお災害のたびに起きてしまうのは、人権を守る法制度が十分にできていないからです。

人権という視点は、東日本大震災を経て自分の中で明確になってきました。「災害から国を守る」というような視点ではなく、一人一人の人権を守るという考え方で法制度を構築していくべきだと思います。

法律によって被災者が苦しめられることが多々ある一方で、救われることもあります。ならば、苦しめている部分を減らし、救う部分を増やしていきたいと思います。

30年の災害法制の変遷を見て、前進していない部分は?

津久井さん:

災害救助法に関しては進んでいないと思います。この法律も戦後すぐの1947年に制定され、避難所や仮設住宅の提供、被災住宅の応急修理などについて定めています。

仮設住宅の提供期間は延長ができるものの、原則として最長2年とされています。これまでの災害でも、2024年の能登半島地震の被災地でも、相変わらず「2年で出なければならない」という言説が流布しています。仮設住宅の建設技術は格段に上がり、恒久的に住めるような水準のものもあるのに、いまだに「2年程度しかもたない」という発想で、被災者が短期間のうちに追い出される仕組みになっているのです。

避難所の状況も改善されておらず、能登半島地震では災害関連死が相次いでいます。制度やルールにしばられ、被災者が棄民状態になっている。能登半島地震は、人口減少、高齢化という問題に直面する社会での被災者支援が試されていると感じます。

災害弔慰金法に基づき、被災世帯に最高350万円を貸し付ける「災害援護資金」の制度も、阪神?淡路以降ずっと課題になっています。どの被災地でも返済できないケースが後を絶たず、結局、自治体が膨大な財政負担や回収事務を担っています。貸し付けでなく給付制度に一本化していくほうがよいと思います。

超高齢社会に必要な「災害ケースマネジメント」

今後、どのような対策が求められますか。

津久井さん:

2015年に「一人ひとりが大事にされる災害復興法をつくる会」という組織を立ち上げました。現在の災害法制は、住宅の被害で判定された罹災証明書の区分だけで支援策が決まってしまいます。しかし、暮らしの困難さは建物被害だけで決まるものではありません。災害によるけが、病気、収入の減少、抱えているローンなど、重層的で多様な問題があります。

まずは災害救助法、被災者生活再建支援法、災害弔慰金法など被災者支援にかかわる法制度全体を抜本的に見直し、人権が損なわれた状態の人々を救う制度にしていかなければなりません。

ただ、法律を変えるだけでは問題は解決しません。被災の影響を一人一人個別に把握し、必要な支援をパッケージとして組み合わせる「災害ケースマネジメント」という考え方が必要です。

法律による支援は課題解決型ですが、それに加え、被災者の背中を押す伴走型の支援が不可欠ということです。エンパワメントによって被災者の内発的な力を高め、平時の福祉サービスなどにつないでいく。超高齢社会における被災者支援はまさに、この災害ケースマネジメントの仕組みが求められると思います。

南海トラフ巨大地震が怖いといわれますが、地震そのものは社会が抱える問題を噴出させるスイッチにすぎません。全国の被災地で起きている状況をただ見守るのでなく、だれもが「我がこと」として考えていく必要があります。

津久井進さん 略歴

1993年、神戸大学法学部卒。95年3月、司法修習終了。2002年、芦屋西宮市民法律事務所を設立(現職)。兵庫県弁護士会会長(2021年度)などを歴任。日本弁護士連合会災害復興支援委員会委員、一人ひとりが大事にされる災害復興法をつくる会共同代表。

 

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