災害大国の日本では、農村地域が地震や水害でたびたび甚大な被害を受ける。2016年の熊本地震や2024年の能登半島地震―。いずれも、農村地域の復興には、都市部とは異なる課題が立ちはだかる。急激な人口減少、高齢化に直面する中、災害に強い地域づくりをどう進めるのか。農学研究科地域連携センターのセンター長、中塚雅也教授(農業農村経営学)に現状や課題、展望を聞いた。
農村地域で災害に強い地域づくりを進めるためには何が重要でしょうか。
中塚教授:
農業?農村の持続的発展という私の研究視点から?あえて言うと「災害の備えのために地域づくりをする」という考え方はしないほうがいいと思っています。日常の暮らしの中ですべきことをして、課題にきちんと対応する、というのがまずは重要で、災害対応はその日常の延長線上にあるものと考えます。順序が逆になってはいけない。災害のために何かを犠牲にするのではなく、普段行っている自治の取り組みが結果的に災害対応力につながっているという形が望ましいと思います。
特に?課題が山積する中山間地域では、いつ来るか分からない災害のためだけに乏しい資源を動員することは困難です。例えば?災害時専用のトイレを準備するより、毎日のように使う集会所のトイレを災害時にも使えるように工夫しておくほうがいい。緊急用の水や電気の確保も、日常の生活のなかで小さく自給的な仕組みを構築するという視点から考えるべきでしょう。
集落機能を小さく組み替える
農村地域は過疎化、高齢化に直面し、集落の存続さえ難しくなっているところもありますが、その現状は?
中塚教授:
「集落機能」という考え方があり、それは、農業にかかわる助け合いの「生産補完機能」、生活維持のための「相互扶助機能」、農地や景観や文化などを維持する「資源管理機能」の3機能で構成されます。今の農村では、その集落機能がどんどん弱くなっています。人口減少や高齢化が主な要因ではありますが、農業の機械化?サービスの外部化、個別化などが進み、集落機能に頼る必要性が薄れてきていることも要因です。
しかし、集落機能がゼロになっても生きていけるかというと、そうではない。やはり小さくてもその機能は必要です。また、日常的には問題がなくても?災害時などには突然その力が求められます。時代に合った形で?いかに小さく形を組み替えるか、という視点が必要になっていると思います。
どのように組み替えていけばいいでしょうか?
中塚教授:
農村地域の祭りを例にあげてみましょう。祭りは?宗教行事であることが多いですが?その一方で?若者や住民の統率力を高める訓練という見方もできますし、男女が出会って婚姻関係を結ぶためのイベント、住民がうっぷんを晴らす場という意味合いもありました。そうしたさまざまな面を持つ社会維持装置として、地域の中に埋め込まれてきたわけです。
今、地域の祭りも存続の危機に直面しています。続ける際には?先に示したような祭りのさまざまな機能を考慮したうえで?現代社会に合うようにやり方を変化させることが求められます。よくある失敗は?形式を重視した結果?かかわる人がますます減っていくというものです。組み替えにおいて?大事なのは?そもそも何のための活動かという点をしっかり考えることです。
災害時に役立つように祭りを続けるとは?当然考えないでしょう。多様な人がかかわる祭りを楽しみとして継続することによって、結果的に集落の災害対応力やレジリエンス(復元力、強靱力)が高まれば、それでいいのだと思います。
また?これからの地域づくりは「集落全員で集まろう」という考えではなく、小さなグループがたくさんあって、それが緩くつながっている形のほうがよいのではないでしょうか。災害時を見ても、被災直後はたいてい隣同士とか、ママ友の関係とか、日常のつながりで助け合いますよね。昔ながらの枠組みだけにこだわっていると、今後の地域づくりは難しいと思います。
「ちょっとずつ」の思いを持つ住民の力で
地域づくりのリーダー、担い手についてはどう考えますか。
中塚教授:
日本の農村集落について言うと、実は1人の強いリーダーシップで動いているばかりではないんです。たいていの場合、リーダーの周りにちょっとずつ何かをするフォロワー、つまり「ついていく人」がいます。リーダーの存在は代替可能で?誰でもリーダーになれるような仕組みがつくられてきています。
実証したわけではありませんが、地域づくりでは、強いリーダーがいることも重要である一方、逆に「ちょっと地域を良くしたい」というくらいの思いを持つ人が何人かいるほうが?継続的にうまく回っていくように思います。
災害で被害を受けた後も、そんな「ちょっとずつ」の思いを持った人々が復興に向けた話を始めると、コミュニティが立ち上がる方向に進むようにみえます。その思いがなければ?住民は単に同じ地域に住んでいるだけで、ばらばらになります。また、強いリーダーが1人で引っ張っていた場合も、その人が何かの拍子にいなくなることを考えると不安定です。
阪神?淡路大震災の際、都市と農村の交流が生き、農村部から神戸を支援する動きもありました。そうした交流の活用についてはどう考えますか。
中塚教授:
震災当時は神戸大学の学生で、研究にはまだかかわっていなかったのですが、当研究室の先生らが「産消連携」という取り組みを進めていました。消費者が有機農業の生産者を支援し?買い支える仕組みです。そういう日常のつながりから、震災時、丹波地域などの農家が神戸の被災地に食料などを届ける動きがありました。
その後、10年以上たち、自分が研究者として支援した事例として、神戸市灘区の成徳地区と兵庫県丹波篠山市の城南地区の交流事業があります。その際も、大切にしたのは日常の関係性でした。丹波篠山の米や野菜を神戸に届けたり、神戸から農業体験に行ったりする交流です。
両地区で都市と農村の連携によるまちづくりの協定を結んだのですが、この協定の項目には災害時の助け合いも含めました。ただ、それは最後に書き添える程度の位置づけにしました。協定を結んだから災害時の相互支援ができるものではなく、日常の交流の蓄積があってこそ可能になるのだと思います。
農村の課題解決にも心理的資本の視点を
国や自治体が取り組むべき対策は?
中塚教授:
国土交通省が進める「小さな拠点」づくりという施策があります。各集落に住むことを維持するために、商店や医療?介護施設、ガソリンスタンドなど生活に不可欠な機能だけは一つの拠点に集約して存続させていこうとする考え方です。これは、まち全体を小さくまとめてしまう「コンパクトシティ」とは大きく異なります。
2024年1月の能登半島地震の後、被害が大きかった過疎地域にはもう住まなくてもいいのではないか、という意見がありましたが、その考えを極端に突き詰めれば、皆が東京に住めばいいということになってしまいます。大切なのは、一人一人の暮らしを守ったうえで、それぞれの集落が共倒れせず、生活維持機能を保ち続けていくことです。
「小さな拠点」はまさに生活維持機能ですが?ここでも大事なのは住民の生活の利便性を高める環境を整えることで、その日常使いの積み重ねが?災害時にも有効な防災拠点になりうると考えます。
今取り組んでいる研究について教えてください。
中塚教授:
「心理的資本」の研究に取り組んでいます。これは、個人が困難を乗り越える力、前向きに取り組める気持ちを指します。経営学の分野では従業員の心理的資本が組織全体に及ぼす影響について研究が進んでいますが、農業?農村の地域づくりにおいても重要ではないかという問題意識を持っています。
農村では人口減少に関する課題が山積するなか?大雨や台風などの自然災害だけでなく?病虫害から獣害まで?さまざまな突発的問題も発生します。日常的にさまざまな課題があるなかで、常に前向きに活動し?時に災害に対処し復興の活動ができる集落には、どのような特徴があるのか、探りたいと考えています。まだ心理的資本を測る尺度の開発をしている段階ですが、熊本地震や能登半島地震の被災地にかかわっている研究者らとともに共同研究を進めています。
災害対応に関しては?まずは行政を対象に、心理的資本の重要性に光を当てていきたいと思っています。災害時は、自治体職員の力によっても対応力に差が出ると思います。不確実性の高い今の社会では、心理的資本の観点から農村地域や行政組織を考えるアプローチが重要になると考えています。
中塚雅也教授 略歴
1996年、神戸大学農学部卒。造園?緑地系コンサルタント会社勤務などを経て、2004年、神戸大学大学院自然科学研究科博士後期課程修了。博士(学術)。2012年、神戸大学大学院農学研究科准教授。2021年、同研究科教授。2024年4月から同研究科地域連携センター長?地域連携推進本部組織連携推進部門長も務めている。