神戸大学大学院理学研究科の末次健司教授(兼 神戸大学高等学術研究院卓越教授)と橋脇大夢氏(神戸大学大学院理学研究科博士前期課程2022年度卒業生)は、ツチトリモチ科の寄生植物「アマクサツチトリモチ」が、送粉と種子散布の両方をアリやカマドウマに依存していることを明らかにしました。

通常、植物の送粉と種子散布は異なる動物によって行われ、送粉はチョウやハナバチなどの昆虫が、種子散布は鳥などの脊椎動物が担うのが一般的です。しかし、今回の研究では、アマクサツチトリモチが同じ昆虫に送粉と種子散布の両方を依存していることを世界で初めて示しました。アリやカマドウマに送粉を託す戦略や、カマドウマに種子散布を託す戦略は、それぞれ単独でも非常に珍しく、これらも特筆すべき点です。

このような特殊な共生関係を獲得した背景には、チョウやハナバチが少ない暗い環境での生存、寄生性の進化による種子の小型化、そして障害物が多く風通しの悪い林床への適応が関係していると考えられます。本研究は、光合成をやめた植物における送粉?種子散布システムの変化を同時に捉えた稀有な例といえます。

本研究成果は、12月5日 午前0時(日本時間)に国際誌「Ecology」に掲載されました。

送粉と種子散布の両方をアリとカマドウマに頼る事が明らかになったアマクサツチトリモチ

ポイント

  • 動けない植物は動物に花粉や種子を運んでもらうことが一般的だが、同じ動物が花粉と種子の両方を運ぶ例は稀である。
  • アマクサツチトリモチは、同種のアリやカマドウマに花粉と種子の両方を運んでもらっていた。
  • 同種の無脊椎動物が植物の送粉と種子散布の両方を担っていることを示したのは、世界初である。

研究の背景

多くの陸上植物は、動物と共生関係を築くことで繁殖を行っており、その代表的な例が送粉共生と種子散布共生です。陸上植物の約90%は、ハナバチやチョウといった昆虫によって花粉を運んでもらう送粉共生を行っており、また半数以上の植物は哺乳類や鳥を種子の運び手とする種子散布共生も行っています。その一方で、世界には約30万種の陸上植物が存在しますが、その大多数は送粉と種子散布を異なる動物に頼っており、同じ動物グループに花粉と種子の両方を託す植物は400種ほどしか知られていません。このため、送粉と種子散布を同じグループの動物に依存する「二重相利共生」の関係は特異なものとされ、注目を集めています。しかし、これまで報告されている二重相利共生の例のほとんどは鳥などの脊椎動物が関わっており、アリによる1例を除いて無脊椎動物の関与は証明されていませんでした。さらに、アリによる例では、送粉と種子散布は別種のアリによって行われているため、同種の無脊椎動物が両方を担う例は知られていません。

一方、光合成をやめた植物※1は、暗く湿った林床に生育することが多く、ハナバチやチョウといった一般的な送粉者や種子散布者を誘引することが困難です。そのため、これらの植物は暗い環境に生き抜くため様々な適応を遂げており、送粉や種子散布様式にも変化が見られます。例えば、光合成を行わないヤッコソウ(ヤッコソウ科)はスズメバチやゴキブリ、カマドウマなどに送粉を頼っており※2、ギンリョウソウ(ツツジ科)、キヨスミウツボ(ハマウツボ科)、キバナノショウキラン(ラン科)といった光合成をしない植物は、主にカマドウマに種子を散布してもらっていることが明らかになっています※3。これらの昆虫は、あまり注目されない送粉者や種子散布者ですが、ハナバチやチョウが少ない暗い環境での生存、寄生性の進化に伴う種子の小型化や、障害物が多く風通しの悪い林床への適応が、特殊な関係性の進化に影響していると考えられます。しかし、1種の光合成をやめた植物に対して、送粉?種子散布システムの変化を同時に捉えた研究は、これまでほとんど存在していませんでした。

研究の詳しい内容

このような背景を踏まえ、本研究ではツチトリモチ科のアマクサツチトリモチ(図1A–B)に注目しました。ツチトリモチの仲間は、葉が退化しキノコのような外見を持つほか、世界最小の果実をつけることが知られています。アマクサツチトリモチもその奇異な見た目が特徴ですが、送粉や種子散布のメカニズムについては長らく謎に包まれていました。そこで本研究では、熊本県の天草諸島?下島に自生するアマクサツチトリモチを対象に、花期および結実期の個体を詳細に観察し、送粉者と種子散布者を明らかにすることを目指しました。具体的には、花期の個体を93時間直接観察し、さらにインターバルカメラで1,004時間(およそ72,300枚の撮影)にわたる観察を行いました。また、結実期の個体を58時間直接観察し、インターバルカメラで862時間(およそ62,100枚の撮影)観察しました。

その結果、花期にはアリ(アシナガアリ、キイロシリアゲアリ、オオズアリ、アミメアリ)およびフトカマドウマ(以下カマドウマ)がそれぞれ100回以上訪れ、体表に多数の花粉が付着していることが確認されました。また、全ての昆虫を、あるいはアリを選択的に排除した条件で受粉成功率を調べることで、アリとカマドウマの両方が送粉者として重要な役割を果たしていることが明らかになりました(図1C–D)。また、結実期にもカマドウマが43回果実を訪れ、さらにアシナガアリとオオズアリもそれぞれ142回と24回、果実や(ほう)(変形した葉)を切り取って運ぶ行動が観察され、これらが種子散布にも関与していることが示唆されました(図1E–F)。

通常、アリを種子散布者として利用する植物にはエライオソーム※4が付いており、アリの餌となりますが、アマクサツチトリモチにはエライオソームが見られませんでした。しかし、観察の結果、アリはアマクサツチトリモチの苞(図1B)を餌として利用している可能性が示唆されました。また、カマドウマも苞と果実を摂食する様子が観察されました。そこで、カマドウマにアマクサツチトリモチの果実を食べさせ、その後に排出された糞(図1G)をTTC染色※5で調べたところ、糞の中に生きたアマクサツチトリモチの種子が含まれていることが確認され、カマドウマが種子散布者として機能していることが明らかになりました(図1H)。

これらの研究により、アリとカマドウマがアマクサツチトリモチにおける送粉と種子散布の両方に関与する「二重相利共生者」としての役割を果たしていることが示されました。無脊椎動物が送粉と種子散布の両方を担う二重相利共生の関係は非常に珍しく、同じ昆虫種が関わっている事例は世界でも初めての報告となります。また、アリやカマドウマに送粉を託す戦略や、カマドウマに種子散布を託す戦略は、それぞれ単独でも非常に珍しいものであり、特筆すべき点です。アリは小型で一つの花序に長時間とどまるだけでなく、体表から分泌される抗菌物質が花粉に悪影響を与えることが多く、送粉効率が低い傾向があることが知られています。一方、カマドウマによる送粉もこれまでヤッコソウでしか確認されておらず、極めて特殊なケースです。さらに、カマドウマによる種子散布も、その消化管を通過できるほど小さな種子が必要となるため、限定的な戦略です。このような特殊な共生関係が進化した背景には、光合成をやめたこと、つまりチョウやハナバチが少なく風通しも悪い暗い環境での生存に適応したことや、寄生性の進化に伴う種子の小型化が関係していると考えられます。

加えて、二重相利共生は、選択できる共生のパートナーが限られる分布域の端や小さな島などで成立しやすいことが知られています。今回の調査地である天草諸島の下島は、アマクサツチトリモチの北限に位置する小さな島であり、こうした地理的条件が、今回明らかになったような二重相利共生の成立に寄与した可能性があります。今後の課題として、アリやカマドウマとアマクサツチトリモチが、他の自生地においても同様に二重相利共生の関係にあるのかを調査する必要があります。

図1. アマクサツチトリモチとアリやカマドウマの関係 (A) 花期の植物体。(B) 結実期の植物体。褐色の粒は種子ではなく変形した葉であり、果実はこの粒の下部の黄色い部分にある。(C) 花期のアマクサツチトリモチを訪花したフトカマドウマ。(D) 花期のアマクサツチトリモチを訪花したアシナガアリ。(E) 結実期のアマクサツチトリモチを食べるフトカマドウマ。苞と果実を同時に摂食している。(F) アマクサツチトリモチの苞と果実を運ぶアシナガアリ。(G) アマクサツチトリモチの実を食べたフトカマドウマの糞。アマクサツチトリモチの種子を含んでいる。(H & I) フトカマドウマの糞から回収されたアマクサツチトリモチの種子。TTC染色により生きている種子は赤く染まり (H)、生きていない種子は色づかない (I)。スケールバー: 10 mm (A–E), 5 mm (F), 1 mm (G), 0.1 mm (H & I).

注釈

※1 光合成をやめた植物:他の植物や菌類に寄生し栄養を奪うことで生活し、光合成による栄養獲得を行わない進化を遂げた植物。

※2 詳細は、2019年1月8日付の神戸大学のプレスリリース「スズメバチ、ゴキブリやカマドウマは花粉媒介者として働く!?」で確認できる。

※3 詳細は、2017年11月13日付の神戸大学のプレスリリース「光合成をやめた植物3種の種子の運び手をカマドウマと特定」、および2024年5月9日付の神戸大学のプレスリリース「世界最小!ワラジムシは種子の運び屋さん」で確認できる。

※4 エライオソーム:植物の種子や果実に付属する脂質に富んだ構造物で、アリなどの種子散布者が餌として利用し、その過程で種子が散布される。

※5 TTC染色:細胞呼吸や代謝活性を測定するために使用される指示薬を用いた染色法で、発芽能力の検定に用いられる。アマクサツチトリモチのように栽培が困難な植物においても、TTC染色により生きた種子が判別可能。

論文情報

タイトル

"Ants, camel crickets, and cockroaches as pollinators: The unsung heroes of a non-photosynthetic plant"(=送粉者としてのアリ、カマドウマ、ゴキブリ: 光合成をやめた植物の知られざる英雄たち

DOI:10.1002/ecy.4464

"Beyond pollination: Ants and camel crickets as double mutualists in a non-photosynthetic plant"(=光合成をやめた植物における二重相利共生のパートナーとしてのアリとカマドウマ

DOI:10.1002/ecy.4465

著者

Kenji Suetsugu(末次 健司)?Hiromu Hashiwaki(橋脇 大夢)

掲載誌

Ecology

研究者