神戸大学先端バイオ工学研究センター/大学院科学技術イノベーション研究科の冨永将大特命助教、石井純准教授、近藤昭彦教授、株式会社ファーマフーズの庄屋雄二次長、染田真孝博士、国立医薬品食品衛生研究所の橋井則貴室長らの研究グループは、酵母の遺伝子発現を制御するプロモータ配列を高性能化するための設計原理を解明しました。
プロモータは、遺伝子からタンパク質が作られる量やタイミングを調整する役割を担っており、高度な生物機能の実現には、この遺伝子発現の量とタイミングが最適化されたプロモーターが必要です。今後、解明した配列設計原理を用いることで、医薬品開発やバイオ燃料生産などの分野において有用物質の高生産を自在に行う「デザイナー酵母」の開発が飛躍的に加速されると期待されます。
この研究成果は、12月19日午前10時(英国時間)に、英国科学誌「Nature Communications」に掲載されました。
ポイント
- 遺伝子からタンパク質が作られて発揮される生物機能は、作られるタンパク質の量やタイミングを制御する「プロモータ」と呼ばれるDNA配列の設計が重要である。
- これまで未確立であった「高性能な酵母人工プロモータ配列の設計原理」を解明し、タンパク質合成を自在に制御する手法を確立した。
- 提案した原理通りに作出した酵母人工プロモータは、医薬品タンパク質の大量生産にも利用でき、産業?基礎研究を問わずさまざまな生物学分野への展開が期待される。
研究の背景
生物機能を人工的に作り変えていく合成生物学の分野では、遺伝子の機能発現(遺伝子発現)の量やタイミングのコントロールが生物機能の自在な制御に欠かせません。その中心的な役割を担うのは、遺伝子(DNA)からRNAを合成する転写の開始を制御する「プロモータ」と呼ばれるDNA配列で、合成されたRNAをもとにタンパク質が作られ遺伝子の機能が発揮されます。高度な生物機能を実現するには、遺伝子発現量とタイミングが最適化されたプロモータが必要で、天然?人工を問わずたくさんのプロモータが使われていますが、その合理的な設計はいまだに難しく、特に真核生物においては限られた数種類のプロモータが多用されていました。
人工の酵母プロモータ配列は、RNAポリメラーゼ※1等の転写に必要なタンパク質複合体が結合するTATA box配列※2から遺伝子までのDNA配列(コアプロモータ)と、その複合体を呼び込むタンパク質(転写活性化因子)が結合するDNA配列(上流活性化配列 [upstream activation sequence: UAS])との二つの部品で構成されます(図2)。転写活性化因子とUASとの結合?解離を人為的に「ON/OFF」制御することで、遺伝子発現が制御される仕組みです。転写活性化因子の制御精度は工学技術が進んでいる一方で、人工プロモータ配列には配列設計の指針がなく、転写活性化因子がなくても転写が起きる(漏出)、あるいは十分な転写活性化が起こらないといった事象により、制御性能が大きく損なわれてしまいます。そのため、目的に合うように遺伝子発現を制御するには、研究者の試行錯誤が欠かせない状況でした。
研究の内容
研究グループは、人工プロモータ配列とその制御性能との対応を詳細に調査することで、高い制御性能を示す人工プロモータ配列を設計するための「3つの指針」を見出しました(図1?3)。
- cUASから「隔離する」
遺伝子の転写「漏出」は予測不能な形で現れ、実際に人工プロモータを酵母に導入したところ、転写活性化因子がUASに結合しない条件でも、基準の100倍以上の遺伝子発現が観察されました。これは、人工プロモータの上流に内在の転写活性化因子が結合する配列(”隠れた”UAS [cryptic UAS: cUAS])が存在しているものと考えられたため、人工プロモータの上流にさまざまな長さのDNA配列(隔離配列)を挿入したところ、挿入するDNAの長さに依存して、漏出が抑制されることを見出しました。
- UASをコアプロモータに「近接させる」
TATA boxとUAS配列の距離と転写活性化の強度との関係を調べたところ、UASをTATA boxに近づけるほど、人工プロモータの制御性能が高まることがわかりました。また、コアプロモータの長さは大きな影響を与えないこともわかり、真核生物のプロモータとしては最小の長さのわずか94塩基のプロモータ配列でも、酵母の天然プロモータと同等の性能が実現できることがわかりました。
- UASを「多重化する」
コアプロモータに連結するUASを変えた場合にも、予期せぬ漏出が起きることがわかりました。研究グループは、UASを繰り返し連結させることで、漏出を抑制しつつタンパク質の生産をさらに高められることを見出しました。
こうして、意図通りに制御できる酵母の人工プロモータを設計?構築できるようになりました。開発した酵母の人工プロモータは、ナノボディ抗体※3医薬品の「カブリビ?」※4の大量培養生産にも適用でき、最大でおよそ2 g/Lの生産性を実現しました(図4)。
今後の展開
確立した技術を用いて、酵母の遺伝子発現パターンの精密な設計が可能になります。これらを組み合わせて有用物質の大量生産のために必要な酵素の生産を高度に最適化するなどの応用が実現し、酵母の機能を自在に作り換える「デザイナー酵母」への展開が期待されます。
用語解説
※1 RNAポリメラーゼ:
プロモータ配列に結合し、その下流のDNA(遺伝子)からRNAを合成する酵素。
※2 TATA box配列:
「チミン」と「アデニン」塩基が連続したDNA配列で、プロモータ中でRNAポリメラーゼが結合する標的となる。
※3 ナノボディ抗体:
ラクダ科由来の重鎖のみからなるシングルドメイン抗体をベースにした低分子抗体。
※4 カブリビ?:
ナノボディを利用した後天性血栓性血小板減少性紫斑病の治療薬。日本国内では令和4年に医薬品医療機器総合機構(PMDA)によって承認された。
謝辞
本研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)次世代治療?診断実現のための創薬基盤技術開発事業 (国際競争力のある次世代抗体医薬品製造技術開発)「高機能な次世代抗体を ‘迅速に’ 創出?生産する『ロボティクス×デジタル』を基盤とした革新技術開発」、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)革新的GX技術創出事業(GteX)「多様な微生物機能の開拓のためのバイオものづくりDBTL技術の開発」、同 戦略的創造研究推進事業(CREST)「データ駆動型の次世代微生物進化育種」およびJSPS科研費JP23K26469、JP23H01776、JP18K14374の支援を受けて実施しました。
論文情報
タイトル
“Designing strong inducible synthetic promoters in yeasts”
DOI
10.1038/s41467-024-54865-z
著者
冨永将大, 島陽子, 能崎健太, 伊藤洋一郎, 染田真孝, 庄屋雄二, 橋井則貴, 小幡千紘, 北野美保, 末松耕平, 松川忠司, 細谷圭汰, 橋場倫子, 近藤昭彦, 石井純
掲載誌
Nature Communications