名古屋大学大学院工学研究科の日出間るり教授の研究グループは、神戸大学、フランスのESPCI Parisとの共同研究で、低濃度高分子溶液中の高分子が流動中に切断される様子を、実験と数値計算により初めて定量化しました。

分子量の大きな高分子が流動中に切断されるという現象は、これまでにも報告されていたことでした。しかし、どのような流動条件で、どの程度切断するのかについての定量的な報告はありませんでした。

本研究は、流路幅が縮小と拡大を繰り返すマイクロ流路内(連続型急縮小急拡大マイクロ流路)に高分子溶液を流した際、流路内で高分子が切断されていく様子を、実験と数値計算により高分子の分子量変化を定量化することで明らかにしました。流路幅が縮小と拡大を繰り返す流路では局所的に速度が変化し、これにより流体に伸長応力が加えられるため、流体内の高分子が引き伸ばされて切断されます。

この現象は、高分子溶液のノズルからの射出に関連した、塗装、成形加工、紡糸プロセスの制御と高精度化、マイクロリアクターの攪拌促進と制御に直結するとともに、EOR(原油の三次回収)注1)など地下資源採掘の効率的な流体置換にも貢献が期待されます。

本研究成果は、2024年12月19日23時(日本時間)に国際学術誌『Physics of Fluids』に掲載されました。

ポイント

  • 高分子溶液中の高分子が流動中に切断する現象が報告されていたが、どのような状況で切断が生じるのかは明らかになっていなかった。
  • 流路幅が縮小と拡大を繰り返すマイクロ流路中を流れる高分子溶液内で、分子量の大きな高分子が徐々に切断されていく様子を明らかにした。
  • 切断現象は、流路幅が変化するノズルから射出される高分子溶液の挙動や、高分子が添加されたマイクロリアクター内の撹拌挙動に影響を与える。
  • 塗装、成形加工、紡糸、マイクロリアクター内での化学反応など、高分子を含む溶液を用いたプロセスの制御と高精度化、高効率化への貢献が期待される。

研究背景と内容

流体が流動する際、層流になるか乱流注2)になるかは、流体の慣性力(流体の運動量)と粘性力(流れを抑制しようとする力、流体の動かしにくさ)の比であるレイノルズ数(Re)注3)で決まります。Reが小さい場合は、粘性の影響が強く層流となり、Reが大きい場合は、慣性の影響が強く乱流になります。通常、Reが2300を超えると乱流になることが知られています。

ここでReは、流体の流速や、粘度、密度、その流動場を特徴付ける長さである代表長さを用いてという式により計算します。通常、マイクロメートルサイズの流路では、が10-6mサイズとなるため、Reは2300を超えることはなく、一般に層流となります。しかし、ここに分子量が106程度の高分子を添加し、伸長流動注4)が生じやすい形状の流路に流すと、流動中に高分子が伸長し、これに伴い溶液の弾性が発現します。さらにこれに起因する流動場の渦の発現や、弾性不安定注5)と呼ばれる不安定現象の発現が見られます。

弾性不安定は、例えば、マイクロメートルサイズで径が変化するノズルからの高分子を含む溶液の射出、成形加工、紡糸プロセスでは、不規則な流動により生産される製品の精度を悪化させるため、デメリットとなります。一方、マイクロリアクターの利用では、リアクター内の撹拌を促進するというメリットとなります。ここで、マイクロリアクターとは、流路幅1mm以下(マイクロメートルサイズ)で、全体がスライドグラス程度の大きさの装置であり、実験から工業用途まで広く用いられています。マイクロリアクターと呼ばれる流マイクロメートルサイズという小さな空間で物質の合成を行うことは、廃液が少なく、高付加価値の物質を少量の試料溶液で作成できる、生成物の大きさを制御しやすいというメリットがありますが、Reが小さく層流となるため、試料溶液が混ざりにくく反応に時間がかかるという問題があります。また、EORでは地下岩石の間の細孔に流体を注入し、原油を回収する必要がありますが、通常、細孔の間には流体が入りにくいという問題があります。これらの問題に対して、弾性不安定を活用すると、不安定流動による撹拌促進、細孔に回り込む流動によるEORの回収率向上につながります。このように弾性不安定は、様々な産業分野に関連するため、そのメカニズムを理解し、活用することは重要です。

しかし、最近の研究で弾性不安定を誘発しやすい分子量が大きい高分子の場合には、弾性不安定が生じる縮小流路(流路径が縮小する)内で高分子が切断していることが示唆されました。しかし、流路内に実際にどのような流動場が生じ、高分子にどの程度の力がかかり、どのように切断するのかについては明らかになっていませんでした。

この問題に対し本研究は、数値計算により、マイクロメートルサイズの流路内で高分子が切断する様子を定量化することを目的としました。この際、数値計算に用いるパラメータを実験から予測、取得しました。

まず、マイクロリアクターや細孔に関連する形状の連続型急縮小急拡大マイクロ流路(図1)を用意し、濃度の異なるポリエチレンオキシド(PEO3.5M)水溶液を流し、流路内での流動挙動を調べました。流動場の様子を蛍光粒子で可視化した結果、粘弾性流体特有のCavity(流路幅が広い部分)内での渦発現と、流路下流での渦サイズの減少を確認できました(図1と図2上段)。渦サイズの減少は、流動中の高分子の切断と、それに伴う緩和時間の減少に由来します。実際、流路に注入する前の溶液と、流動後に回収した溶液の緩和時間、および、高分子の分子量を測定すると、流動後の溶液中の高分子の分子量は小さく、緩和時間は短くなっており、高分子の切断を確認できました。これらの実験で取得できる、流路注入前後の溶液の緩和時間と、流路中の渦サイズ変化は、数値計算に必要な、実験から求めることができない流路途中の溶液の緩和時間や、高分子の分子量に対応する指数の予測に用いました。

数値計算には、流体解析ソフトウェアOpenFOAM注6)を用い、実験から取得、予想される指数を用いて計算を行い流動場を取得しました。そして、実験で可視化された流動場と比較することで、用いた緩和時間や指数の検証を行いました。このようにして、実験から予想される値と数値計算を組み合わせ、実験だけでは取得できない、流路中の高分子の分子量変化を定量的に明らかにしました(図2下段)。

図2下段から、流路を進むにつれて高分子の分子量が減少し、高分子が切断されている様子がわかります。各Cavity内で生じる伸長速度も定量化し、これから高分子にかかる力を求めると、高分子が切断される3-13nN(ナノニュートン)の範囲内の値になることも確認できました。

図1:連続型急縮小急拡大マイクロ流路と蛍光粒子による流動場の可視化

 

図2: (上段)実験で取得した速度場に基づく、数値計算による流線の可視化と流路内の伸長速度の取得。上から3つ目の図では赤い部分が伸張速度が速いことを示しており、Cavityを経る毎に速度が変化することが読み取れる。
(下段)流路内で切断される高分子の分子量変化とそれに伴う緩和時間の変化。数値計算に用いる分子量と、緩和時間は、Cavity2とCavity10の計算についてまず決定した。決定にあたり、Cavity2には流路注入前の溶液を実験により測定した値を用い、Cavity10には注入後に回収した溶液を実験により測定した値を用いた。ここでCavity1でなくCavity2を流路入口として実験と比較したのは、Cavity1では数値計算結果が安定せず、Cavity2で安定したためである。流路入口と出口に対応するCavity2とCavity10の分子量と緩和時間を実験値から取得し、流路途中のCavity3からCavity9は、渦サイズの変化を分子量や緩和時間の変化に対応させ、分子量や緩和時間を予測した。予測した値の確からしさは、数値計算により取得された流線との比較により検証した。

成果の意義

流動中の高分子の切断はこれまでにも予想され、いくつかの報告がありました。しかし本研究のように、どのような流動条件で、高分子にどの程度の力がかかり、切断するのかを定量的に表した研究はありませんでした。本研究により、伸長流動が発生する流動場での高分子の切断が明らかとなり、その分子量変化も定量的に示すことができました。このような現象は、高分子溶液の射出、塗装、成形加工、紡糸など、様々な産業で広く用いられる技術に関連するため、これらの技術の制御や高精度化に貢献する意義があります。

さらに、マイクロリアクターへの高分子添加による攪拌促進や、EORなど、エネルギーや資源の効率的な利用にも知見を与える意義があります。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 創発的研究支援事業(JPMJFR203O)、岩谷科学技術研究助成の支援のもとで行われたものです。

用語説明

注1)EOR(原油の三次回収)
熱や薬剤を加えた流体を地下に圧入し、地下資源の回収効率を向上させる方法。

注2)層流、乱流
流体が流動する際、乱れの無い安定した流れを層流、不安定な乱れた流れを乱流と呼ぶ。流体が層流化するか、乱流化するかは、レイノルズ数(Re)という無次元数で表され、通常Reが2300以上で乱流になる。

注3)レイノルズ数(Re)
流体の流動挙動を定量化する無次元数で、慣性力と粘性力の比として表される。

注4)伸長流動と伸長流動が生じやすい流路
物体の両端をつかんで、引っ張る方向の力を伸長応力という。伸長応力を生じさせる流動を、伸長流動という。伸長流動が生じやすい流路とは、流路の直径が急に縮小するなど、流路内で流速が急に上昇する流路のこと(同じ流量の場合、流路断面積が小さいほど流速は大きい)。

注5)弾性不安定
Reが小さいにもかかわらず、高分子を添加したことによって溶液が不安定流動を示す場合があり、これを弾性不安定と呼ぶ。

注6)OpenFOAM
オープンソースの流体解析ソフトウェア。

論文情報

タイトル
Polymer scission and molecular weight prediction in continuous abrupt contraction-expansion microchannel

著者
Guangzhou Yin (尹廣洲)1, Yuta Nakamura (中村優太) 1, Hiroshi Suzuki (鈴木洋) 1, Fran?ois Lequeux2, Ruri Hidema (日出間るり)3*   (*責任著者)

1.神戸大学、 2. ESPCI Paris、 3.名古屋大学

DOI
doi.org/10.1063/5.0242781

掲載誌
Physics of Fluids

研究者