神戸大学先端バイオ工学研究センターの稲辺宏輔 博士研究員(研究当時)、秀瀬涼太特命准教授、加藤悠一特命助教(研究当時)、蓮沼誠久教授らの研究グループは、株式会社カネカの佐藤俊輔(CO2 Innovation Laboratory 所長、博士(工学)、技術士(生物工学))らと協力して、光合成細菌の一種である海洋性シアノバクテリアを用いて、生分解性プラスチックの一種であるポリヒドロキシ酪酸(PHB)の短期間での高生産に成功しました。海洋性シアノバクテリアは、海水中で光合成(光エネルギーを利用して二酸化炭素を有機物に固定する反応)を行うことで生育するため、人工的な代謝経路を導入することで、CO2から直接、さまざまな有用物質を生産することが可能となります。今後、本知見に基づいて、ショッピングバッグや食器などに利用できる多様な生分解性プラスチックの高生産が可能になるなど、光合成によるバイオものづくりの新展開が期待できます。

この研究成果は、1月21日に国際学術誌「Metabolic Engineering」に掲載されました。

図1. (A) カネカ生分解性バイオポリマー Green Planet??(“PHBH”)の製品例。 (B) PHB顆粒(赤矢じり)を体内に蓄積した海洋性シアノバクテリアの細胞写真。 

ポイント

  • 遺伝子工学により、二酸化炭素から生分解性プラスチックPHBを合成するシアノバクテリア細胞を創成した。
  • 代謝工学により、生分解性プラスチックPHBの生合成経路を最適化した。
  • 光合成依存的な生分解性プラスチックPHBの高生産に成功した。

 

研究の背景

光合成細菌の一種であるシアノバクテリアは、CO2固定※1が可能な光合成微生物であり、付加価値の高い化学物質を持続可能かつ環境に優しい方法で生産するシステムの構築が可能です。シアノバクテリアは遺伝子工学によって代謝を改変することができ、CO2を直接さまざまな有用物質に変換することが可能です。このため、シアノバクテリアを利用した物質生産は、大気中のCO2濃度の抑制に貢献できると期待されています。また、天然の微生物によって分解可能な生分解性プラスチックは、石油化学プラスチックの代替品として世界的に注目されています。このように、シアノバクテリアを利用すれば、「大気中のCO2削減」と「石油化学プラスチックの代替」の二兎を追える技術構築ができます。その中でも、ポリヒドロキシアルカノエート(PHA)※2は、有望な生分解性プラスチックの1つとして、バイオものづくりの進展が期待されています。従来、シアノバクテリアのPHAの生産では、培養期間中に細胞増殖と物質生産の二段階のプロセスを経る必要がありました。加えて、シアノバクテリアは生育に時間を要するため、プロセス全体の期間が長くなり、PHAの生産性が上がらないことが課題となっています。

研究の内容

本研究では、海洋性シアノバクテリア Synechococcus sp. PCC 7002 を用いて、成長連動型のポリヒドロキシ酪酸 (PHB) ※3生産システムを開発しました。まず、PHB生産能力を付与するために、Synechococcus sp. PCC 7002の遺伝子組み換えを行いました。遺伝子組み換えにあたっては、株式会社カネカが有する有用遺伝子の知見を活用しました。具体的には、異種生物由来PHB合成酵素群PhaA、PhaB、PhaCをSynechococcus sp. PCC 7002を組み込み、人工的なPHB生産経路を実装しました(図2A)。研究の初期に作成した試作株(KB1株)では、PHB生産量はごくわずか(7日間培養で0.1 g/L)でした。

代謝工学手法の一つであるメタボローム解析※4の結果、PHBの代謝前駆物質であるアセチルCoAの増産が課題となることがわかりました。アセチルCoAの増産のため、遺伝子組み換えでホスホケトラーゼ遺伝子をKB1株に導入することで、天然が持つCO2固定化経路に対してバイパス経路を実装しました。得られた遺伝子組み換え株(KB15 株)は、野生株 (Synechococcus sp. PCC 7002) と比較して、PHB生産に最適化した代謝性質を持つことがわかりました。KB15 株は、最大 PHB 収量が7日間培養で約 1.1 g/L、つまりPHB 生産性が 0.21 g/L/日(世界最高値)を示しました(図2)。このように、光合成で固定した CO?を増殖(図2B)と PHB 生産(図2C)の両方に同時利用することにより、単位時間あたりの生産量が飛躍的に増加しました(従来のPHB生産性と比較して、約4倍の生産性)。生産性の向上は、人?設備?時間などの生産にかかるコストの縮減につながります。成長連動型PHB生産システムによって、光合成によるバイオものづくりの新展開が期待できます。

図2. (A) KB15株細胞内の二酸化炭素からPHB生産経路。 (B) KB15株の光合成時の生育。(C) KB15株のPHB生産性。 

 

今後の展開

本研究成果である成長連動型のPHB生産システムは、生産性の観点で従来技術より優位なため、カネカのカネカ生分解性バイオポリマー Green Planet??(“PHBH”)など、多様な生分解性プラスチック生産技術構築への展開が期待されます。また、生分解性プラスチックに限らず、燃料や栄養機能食品など、光合成によるバイオものづくりの実用化に貢献することが期待されます。

 

用語解説

※1 CO2固定

生物がエネルギーを用いてCO2を有機物へ変換する反応

※2 ポリヒドロキシアルカノエート(PHA)

微生物の炭素ならびエネルギーの貯蔵物質として生産、細胞内に蓄積する物質

※3ポリヒドロキシ酪酸 (PHB)

PHAの一種で、(R)-3ヒドロキシ酪酸のホモポリマー

※4メタボローム解析

生物の代謝物を網羅的に定量?解析する手法

謝辞

本研究はJST 先端的低炭素化技術開発(ALCA)技術領域「革新的な細胞制御法や育種法による高効率バイオ生産の技術開発」の課題名「亜リン酸を用いたロバスト且つ封じ込めを可能とする微細藻類の培養技術開発」(JPMJAL1608)の支援を受けて実施されました。

論文情報

タイトル

Introduction of acetyl-phosphate bypass and increased culture temperatures enhanced growth-coupled poly-hydroxybutyrate production in the marine cyanobacterium Synechococcus sp. PCC 7002”(アセチルリン酸バイパスの導入と培養温度の上昇により、海洋シアノバクテリア Synechococcus sp. PCC 7002 における生育連動型ポリヒドロキシ酪酸(PHB)生産が促進する。)

DOI

10.1016/j.ymben.2025.01.004

著者

Kosuke Inabe, Ryota Hidese, Yuichi Kato, Mami Matsuda, Takanobu Yoshida, Keiji Matsumoto, Akihiko Kondo, Shunsuke Sato, Tomohisa Hasunuma*

* Corresponding author

掲載誌

Metabolic Engineering

 

研究者

SDGs

  • SDGs7