佐賀達矢助教

スズメバチに魅せられ生態の解明を進める人間発達環境学研究科の佐賀達矢助教は、公立高校で10年教壇に立った異例の経歴を持つ。大学院修士課程を経て高校教諭となり、その後休職して大学院博士課程へ、修了後には再び高校に戻った。この間も在野で研究を続け、30代半ばで心機一転、神戸大学に進み、研究の道に専念することになった。神戸に研究の拠点を移して2年余り。これまで進めてきたスズメバチの生態に関する研究内容とその成果、そこから導き出された「人間」と「自然」のより良い関わり方について聞いた。

 

なぜ女王蜂と働き蜂が存在するのか

クロスズメバチ?スズメバチの進化と生態を専門としていますが、直近はどんな研究を?

佐賀助教:

私は同時にいくつものテーマを持つ研究者のタイプで、その一つとして、「クロスズメバチの女王とオス、働き蜂(メス)は、どのように餌種(じしゅ)を分配されているのか」をテーマに研究を進めています。ミツバチであれば、幼虫の時にローヤルゼリーを1週間与え続けられると個体は女王蜂になり、3日目で打ち切られると働き蜂になります。遺伝子は同じでも、与えられた餌の種類が異なることで働き蜂になるか女王蜂になるかが決まることがわかっています。

しかし、クロスズメバチなどスズメバチの仲間では、何がキーとなって女王蜂と働き蜂に分かれているのかが、まだわかっていません。餌の種類と量に差異があるのか否か。ミツバチで判明している餌の観点をスズメバチにも適用しようという研究計画です。

肉食のスズメバチは、多くの昆虫を食べています。私はその餌種の解析ができます。駆除された巣にいた幼虫の腸内から取り出した内容物のDNAを調べることで、その個体にどんな餌種を与えられたかがわかります。働き蜂が、働き蜂となる幼虫と女王蜂となる幼虫に与える餌の質に差があるのではないかと仮定し検証しています。餌種が明らかになることによって、その地域の昆虫の生物多様性も調べることができます。

細かい研究内容についてさらに話を進めます。スズメバチやアリなど社会性のある「ハチ目昆虫」の働き蜂は自らの子孫を残すことなく、自分の巣のために働くだけで一生を終えます。それなのに、その形質がどうやって遺伝によって受け継がれているのか、ダーウィンの頃からの謎でした。その点は、自分と遺伝子を共有する血縁者を助け、その血縁者を通して自らの遺伝子をより多く後世に残すことで、自ら子孫を残すことなく自らの遺伝子が受け継がれる血縁選択という進化メカニズムで説明されています。ハチ目昆虫は受精卵はメスに、未受精卵がオスになるという変わった性決定様式をするために、理論的には働き蜂はオスよりも女王蜂との方が遺伝子の共有率が高く、女王蜂をより支援すると予測されるのです。自ら子孫を残さない働き蜂は、より血のつながりが濃い女王蜂の幼虫の価値が高いと認識し、贔屓するように質の良い餌を与えると推測しています。

また、クロスズメバチの女王蜂は秋に複数のオス(2匹~7匹)と交尾することが知られています。交尾の回数が多ければ多いほど、働き蜂と次の女王蜂との血のつながりが薄くなるため、その幼虫に与える餌の質が悪くなるのではないかと考え、餌種がどう違っているのかを調べています。女王蜂の価値そのものが、それぞれの巣によって異なっていると考えます。

佐賀助教の研究室には、スズメバチの巣や成虫?幼虫の標本が並ぶ

生物多様性をモニタリングする新たな方法

それに並行して進めている研究は?

佐賀助教:

もう一つは、「スズメバチ類の食生解析による生物調査方法の確立」をテーマにしています。国内どこでも、スズメバチやアシナガバチの巣は積極的に駆除され捨てられていますが、採取された巣の幼虫が食べた餌を調べることで、その地域にどれぐらいの種類の生物がいるのか生物多様性のモニタリングができる一面に気が付きました。

神戸市北区に環境省が認定する「自然共生サイト」というものがあって、生物多様性を調べる生物相モニタリングが求められています。その周辺のスズメバチの巣も駆除されているので、それを分析することで、元々生物多様性の評価が高いと言われる地域にどれぐらい生物がいるのかを、スズメバチが食べるというバイアスがかかりますが、調べられると考えています。2023年の調査でスズメバチの幼虫の腸内から、外来種のタイワンタケクマバチのDNAが検出されました。2016年に兵庫県で初めて報告された外来種です。このモニタリングは、外来種の侵入を確認するのにも効果があると思いました。

予備的な研究は既に終わり、手法としては確立しています。今は、応用としてスズメバチの食から地域の生物多様性を把握する方法を社会実装するための研究を行なっているところです。

2021年に世界自然遺産に登録された奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島でも、生物相モニタリングの必要性が高まっています。この地域では、外来種が入ってきたという情報は、すごく大事な情報です。また、世界自然遺産に登録されていても、実際どの地域の生物多様性が高くて、どの地域に絶滅危惧種がいるのかというのは、よくわかっていません。スズメバチを媒体(調査員)として、地域を定期的に観察することで、外来種を含め、どれくらいの生物の種類がいるのかを調べる方法を確立できればと考えています。

日本のDNAのデータベースは、国際的に見てもかなり進んでいます。神戸市にいるキイロスズメバチの幼虫の腸内から150種類ぐらいのDNAが検出されています。コガタスズメバチも100種類くらいのDNAが出てきています。別の研究では六甲山の南側と北側で調査していますが、六甲山の南側は、北側の半分ぐらいの餌種数というのがわかっています。スズメバチの目で神戸の街を見ると、六甲山の南側は、生き物の種類が半分になっているということがわかってきました。

2008年には、生物多様性基本法が施行されている。

佐賀助教:

基本法ができて、生物多様性の保全は、国県市など自治体が取り組まなければなりません。民間企業や個人は、保全の努力を求められています。とはいえ、生物多様性を実際にどうやって調べたらいいのか、方法面がまだ不十分です。

生物多様性教育の手法開発にも取り組んでおり、兵庫県立視覚特別支援学校生徒とともに、アジュール舞子で環境DNA分析をするための海水を採取する(佐賀達矢助教提供)

神戸大学大学院人間発達環境学研究科の源利文教授が、川や池や海水中のDNAを調べることで、そこにどんな生き物がいるのかが分かる検出方法を確立しています。この世界ではパイオニア的な存在です。

しかし、陸地における生物多様性をモニタリングする方法は、まだまだそこに至っていません。西表島みたいなジャングルで、どこにどんな生き物がいるかを調べるには労力が相当かかり、モニタリングをしようとすれば、その予算もかなり非実現的です。何か打開できないか探している段階で、もし今回のスズメバチの生物相モニタリングがある程度効果があればと思い、貢献できるところを探ってみたいと思います。貢献度の大きさが今回の研究で判明します。

あとは、駆除に補助金を出す自治体がどれだけ協力してくれるか。駆除して回収、解析する流れができれば、生物多様性モニタリングの一つの形として方法が確立できると考えています。社会実装する場合には、自治体をはじめ社会全体の協力が必要になってきます。

スズメバチを食する文化に触れて

なぜ、スズメバチの生態を研究するようになった?

佐賀助教:

私は岐阜大学の応用生物科学部1期生です。3年生の時に山中に13泊14日で合宿し、オオスズメバチを採取する機会がありました。その時にスズメバチを見て、「格好いいなあ」って思い、卒業研究のテーマに選んだのが、研究の始まりでした。

高校教諭として岐阜県に赴任して研究する過程で分かったのですが、東海地域の山間部の人は、クロスズメバチとかオオスズメバチを好んで食べていたのです。それが文化として確立されていて、取る手法だったり、食べ方だったり、スズメバチをいかに美味しく食べるかっていうことを追究していることに感動を覚え、さらにスズメバチの研究にのめり込みました。例えば、長野の伊那谷では、クロスズメバチの幼虫を「蜂の子」と呼んで、以前には結婚式では必ず振る舞われていたといいます。また、現在でも、岐阜県東濃地域では郷土料理の朴葉寿司というお寿司のネタにもなっています。ハレの日の食べ物として使われています。スズメバチは今も 1 キロ12000円ぐらいで売られ、マツタケとか、ウナギとかと同じご馳走の位置づけになっています。知れば知るほど、面白くなってきました。

中国では今も昆虫食文化を拒否せず、食べ続けています。日本でも 1919 年に三宅恒方という昆虫学者が、全国の農林試験場を通じて昆虫食の調査をしたところ、返答のあった自治体のすべてで昆虫を食べていました。兵庫県にも食文化がありました。日本で昆虫を食べなくなったのはつい最近のことです。

そして食べなくなった人は、極端に拒絶反応を持つようになり、そうなった地域では駆除が積極的に行われています。その一方で、スズメバチを食べている人は、とても高価な値段で取引し美味しく食べている。食べている人の方が、自分の国の文化をリスペクトしているような感じになって、そこからスズメバチへの見方が、ただ格好いいから研究したいではなくて、スズメバチの価値みたいなものとか、自分の食文化みたいなものを問い直す材料になるのではないかと思い、在野でも研究する大きな原動力になり、研究を続けられました。

私もスズメバチを季節のご馳走として秋に取って食べています。一般的にスズメバチ、アシナガバチは刺される、痛い、怖い、人の命を奪っているという情報が先行していると思います。それは大事なことだと思いますが、一方で怖いというのは知らないことに起因していることも多いと思っています。研究を続け生態を明らかにすることで、社会のスズメバチの見方が変わったらいいと思います。スズメバチは害虫ではなく、役立つ益虫だということが言いたいのです。

蜂愛好家に飼育してもらったシダクロスズメバチの巣を回収する佐賀助教=岐阜県中津川市(佐賀達矢助教提供)

高校教諭から研究者の道へ

高校教諭から大学院博士課程へ、その後、再び教師を経て神戸大学にたどり着いた。

佐賀助教:

本当はストレートに研究者の道に行けたら良かったのですけど。大学1年生の時に家族に不幸があり、大学生活を諦める選択も考えましたが、3年生の時にスズメバチに出合ったことで、アルバイトをしながら、修士課程まで研究を続ける道を選びました。

生物に携わる仕事をしたいと思い、高校教諭になるという道を選びました。4年間働いて学費をため、岐阜県で社会人ドクターという制度が始まったので、休職して再び大学という研究の場に進み、思う存分研究に打ち込みました。

名もない市民が、スズメバチの食文化を脈々と受け継いでいる一方で、駆除して殺すのが正義だという人もいることに、面白い生き物と人間の関係なのではないかと思って、博士課程を修了した後も、蜂の子食文化がある岐阜県で務めることを選択しました。自分でも蜂の子を食べながら、地域の人と交流しながら在野で研究を続けてきました。2年前にご縁があって神戸大で研究することになりました。私の人生は、スズメバチに振り回されていますね。

なぜ神戸大学だったのか。

佐賀助教:

私が所属する人間発達環境学研究科は名前だけ聞くと何を研究しているのかわかりにくいのですが、私の今のようなことを研究しようと思うと、農学部でもないし、理学部でもないし、文学部でもないと思って、ずっと在野で高校教諭をしながら、好きに研究してきました。人間と環境の両方を交えた総合的な学問を研究できるのなら、チャレンジするのもいいと思いました。来てみたら本当に自由に、僕が考えていることを認めてくれる研究科で良かったなと思っています。大学の校風がとても合っています。この2年間で、6つか7つの研究テーマに取り込み、思ったような研究ができています。

生物多様性基本法の関係では、神戸市はすごく先進の市です。環境省から最初に自然共生サイトに認められたのも、神戸市北区のサイトです。自然共生サイトが程近い神戸市にある神戸大学で働けているのは、すごくありがたいことです。

人間を知ることも研究領域に

このほか、スズメバチの面白い研究がありましたら。

佐賀助教:

夏のハチを食べては駄目で、秋のハチが旨いというのが、一般的には旬の定説になっています。しかし、それに関して旨味の観点から調べた人は、世界中にどこにもいません。秋のハチは、食材としていかに優れているかってことを今、国内の様々な大学の栄養科学を専門とする研究者と共同研究しています。ハチを食する地域の人々の文化の成り立ちを、科学の力で解明することが、私にとって今一番面白いことです。

今後の研究の展望は?

佐賀助教:

人間発達環境学研究科で研究を続け、スズメバチ、クロスズメバチのことをもっと知りたい。スズメバチと人間のことが、人と生き物との関わりが知りたいんですね。

それを知っていく上では、スズメバチのことも知らなければいけないし、人間のことも知らなければいけないと思っています。スズメバチのことを知るいろいろな手法は、私自身、それなりに身につけてきたと思います。人間のことを知る方法は、一応高校の教員で人間相手に働いてきたとはいえ、それは自己流だったので、研究として人間を知る方法を同僚とかからも学んで、今後、人と自然の関わり、人とハチの関わりを解き明かしていくようなことができたら本望だと思います。

佐賀達矢助教 略歴

2008年3月岐阜大学応用生物科学部卒業
2010年3月岐阜大学大学院修士課程修了
2010年4月岐阜県立岐阜農林高等学校農学科常勤講師
2011年4月岐阜県立大垣桜高等学校理科専任教諭
2017年3月東京大学大学院総合文化学研究科博士課程修了
2017年4月岐阜県立多治見高等学校理科専任教諭
2019年8月岐阜大学応用生物科学部特別協力研究員(兼務)
2022年12月神戸大学大学院人間発達環境学研究科 助教

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