神戸大学大学院理学研究科の末次健司教授(兼 神戸大学高等学術研究院卓越教授)と岡田英士さん(博士後期課程学生)は、緑葉をもつラン科植物「コケイラン」を用い、光合成に加え菌から炭素を獲得することが繁殖を促進する要因であることを明らかにしました。
「植物」といえば「光合成を行うもの」という常識がありますが、一部の植物はキノコやカビの仲間に寄生することで光合成をやめたことが知られています。一方で、こうした植物がなぜ、光合成をやめ寄生生活へと移行したのかについては、植物学における大きな謎とされ、特に寄生生活が植物にもたらすメリットはこれまでほとんど解明されていませんでした。そこで末次教授らは、環境によって菌への依存度が変化するコケイランに注目し、菌から炭素を得る意義を探りました。
その結果、高い寄生能力をもつ個体では、光合成に加えて菌からの炭素供給を受けることで利用可能な炭素量が増え、より大きく成長し、多くの花をつけることが明らかになりました。本研究は、本来は独立栄養であるはずの植物が寄生生活を営むことに適応的意義があることを示す重要な事例です。
本研究成果は、2月20日 午前0時(日本時間)に国際誌「The Plant Journal」に掲載される予定です。
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菌に依存する生活の適応的意義を示すイメージ図
ポイント
- 一部の植物は、光合成をやめ寄生生活に適応しているが、その理由には未解明な点が多い。
- 菌への依存度が個体によって異なるコケイランを用い、植物が菌から炭素を得る意義を検証した。
- 高い寄生能力を発揮するコケイランの個体は、利用可能な炭素量が増加し、成長や繁殖が促進された。
研究の背景
植物を特徴づける重要な要素の一つは、「葉緑素をもち、光合成を行うこと」です。しかし、植物の中には光合成をやめ、キノコやカビの菌糸を根に取り込むことで生育する「菌従属栄養植物」が存在します。こうした植物がどのようにして光合成を捨て、寄生生活へ移行したのかは、植物学における大きな問いです。
一方、菌従属栄養性の進化を調べるにあたっては、いくつかの課題があります。多くの菌従属栄養植物は、光合成だけで自活している独立栄養植物と最も近縁な種であっても系統的に大きく異なるため、「菌からの炭素供給が具体的に植物にどのようなメリットを与えるのか」を直接検証することが難しいという問題があるのです。
しかし近年、「部分的菌従属栄養植物」と呼ばれる、光合成を行いながら菌から炭素を得る植物が、完全に光合成をやめた植物への進化の中間段階にある可能性が示唆されています。さらに、一部の部分的菌従属栄養植物では、同種内でも菌への依存度に違いがある個体が存在することがわかってきました。こうした種を利用すれば、菌由来の炭素を獲得する意義を比較的容易に検証できると考えられます(※1)。
研究の詳しい内容
このような背景を踏まえ、本研究ではラン科コケイラン属のコケイランに着目しました。コケイランは緑色の葉をもち光合成を行う植物ですが、興味深いことに、環境によって地下部の形態が変化することが知られています。多くの個体は通常「根」のみを形成しますが、まれに「菌根茎」と呼ばれるサンゴ状の地下茎をもつ個体が見つかります。この菌根茎は、光合成をやめたラン植物にみられる地下部の形態と似通っており、菌従属栄養性に関与している可能性が示唆されています。
そこで本研究では、「菌根茎をもつ個体は菌への依存度が高い」という仮説のもと、菌根茎をもたない個体と菌根茎をもつ個体を比較し、菌から炭素を得る意義を探りました。
その結果、菌根茎をもたないコケイランは、多くの独立栄養性のラン科植物と同様にリゾクトニア菌と共生していましたが、菌根茎をもつコケイランは、木材を分解する菌類の一種であるナヨタケ科の菌類と共生していることが明らかになりました。さらに予想どおり、菌根茎をもつ個体では植物体内の炭素安定同位体比が高く、菌への依存度が増していることが示されました(※2)。加えて、菌根茎をもつ個体は比較的大きな葉をもち、多くの花をつけることも確認されました(図1)。これらの結果から、菌根茎をもつコケイランは、ナヨタケ科の菌類に寄生することで朽木由来の炭素を効率的に獲得し、栄養状態が改善されることで成長や繁殖が促進されたと考えられます。
本研究は、菌に寄生することに適応的意義があることを示した重要な研究例です。従来、菌に寄生する利点として「暗い林床環境でも生存可能になる」という仮説が提唱されてきました。実際、一部のラン科植物では、暗い条件で菌への依存度を高める可能性も示唆されています。しかし、これらの研究では、単に光量の減少によって光合成効率が低下し、相対的に菌由来の炭素の比率が高まっただけである可能性を否定できませんでした。
一方、本研究は「菌由来の炭素が植物の成長に寄与する」ことをより直接的に示した点が大きな特徴であり、本来は独立栄養であるはずの植物が寄生生活を営むことに適応的意義があることを示す、世界でも数少ない事例の一つです(図2)。今後も、コケイランのように同種内で栄養摂取様式に揺らぎをもつ植物を活用することで、植物が「光合成をやめる」という究極の選択に至った進化の背景が、さらに明らかになることが期待されます。
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注釈
※1 関連する研究として、部分的菌従属栄養性をもつラン科植物のアルビノ個体を用いた例が挙げられる。詳細は、2017年2月6日付の神戸大学のプレスリリース「アルビノ個体を用いて菌に寄生して生きるランではたらく遺伝子を明らかに」で確認できる。
※2 地球上の炭素の大部分は、陽子6個と中性子6個からなる12Cだが、一部には中性子が1つ多い13Cも含まれる。植物では、光合成の過程でCO2を固定する酵素が12Cを優先的に取り込みやすいため、植物体内の炭素は大気中と比べて12Cの割合が高くなる。一方、菌類は呼吸の際に12Cを優先的に放出するため、菌体内の炭素は13Cの割合が相対的に高くなる。この原理により、共生菌から炭素を取得している菌従属栄養植物は通常の光合成植物よりも13Cの割合が高くなる。このため炭素の安定同位体比を比較することで、植物が菌にどの程度依存しているかを推定できる。
論文情報
タイトル
DOI
10.1111/tpj.70045
著者
Kenji Suetsugu(末次 健司?神戸大学大学院理学研究科)?Hidehito Okada(岡田 英士?神戸大学大学院理学研究科)
掲載誌
The Plant Journal