神戸大学大学院理学研究科の西村明洋博士研究員(研究当時:京都大学大学院理学研究科博士課程学生)と京都大学大学院理学研究科の高山浩司准教授の研究グループは、小笠原諸島固有寄生植物のシマウツボが、宿主植物を柔軟に変化させながら海洋島で生き延びてきたことを明らかにしました。
陸上植物の中には、他の植物から養分や水分を吸収して生きる「寄生植物」と呼ばれるものが存在します。寄生植物は種ごとに様々な宿主植物に寄生することが知られていますが、長い進化の歴史の中でどのような過程を経て宿主種を変化させてきたのかは謎に包まれていました。
本研究では、小笠原諸島固有寄生植物シマウツボ(ハマウツボ科)の宿主植物を網羅的に同定し、系統ゲノミクスおよび集団遺伝学的解析を用いて、その宿主転換と分布拡大の過程を解明しました。研究の結果、大陸産の近縁種であるハマウツボがキク科のヨモギ属に寄生するのに対し、シマウツボは小笠原諸島に広く分布する固有種のキョウチクトウ科のヤロードやミカン科のオオバシロテツに主に寄生していることが分かりました。さらに遺伝解析により、シマウツボの祖先はまず父島列島の父島や弟島に定着し、宿主をヨモギ属からヤロードへと転換したと推定されました。その後、母島列島へと分布を拡大する過程で、さらにヤロードからオオバシロテツへの宿主転換を起こしたことが示唆されました。本研究は、本来の宿主植物が存在しない海洋島において、寄生植物が柔軟に宿主を変化させながら進化してきた過程を示す重要な成果となります。
本研究成果は、2025年2月18日に、国際学術誌「Molecular Ecology」のオンライン版に掲載されました。
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背景
植物の中には、自らは光合成を行わず、他の植物から栄養分や水分を吸収して生きるものが存在します。このような植物は寄生植物と呼ばれます。寄生性の進化は、陸上植物の進化過程で少なくとも12回独立に生じたと考えられており、陸上植物の多様な生活様式を理解するうえで重要な課題となっています。
寄生植物と宿主植物の組み合わせは多様ですが、多くの寄生植物は系統ごとに特定の宿主植物に寄生することが知られています。この宿主特異性は、寄生植物が特定の宿主から効率的に栄養や水分を吸収する仕組みを進化させた結果であると考えられています。しかし、寄生植物がどのような要因で宿主を変化させるのか、また宿主転換の過程がどのように進むのかについては、まだ十分には解明されていません。
そこで私たち研究グループは10年前から小笠原諸島に固有の寄生植物であるシマウツボ(ハマウツボ科)に着目し、その生態と進化の研究を進めてきました。
シマウツボはハマウツボ科ハマウツボ属に属する寄生植物で、小笠原諸島の森林に生育しています。植物体全体が鮮やかな黄色を呈し、木本植物の根に寄生して栄養を吸収することで生育します。父島?弟島?母島でのみ生育が確認されています。これまでの研究により、シマウツボの宿主は、大陸に分布する近縁種とは大きく異なることが明らかとなっていました。
本研究では、シマウツボの宿主植物の変遷過程を明らかにするために、小笠原諸島の異なる島々に生育するシマウツボの宿主植物の網羅的な同定を行い、さらにDNA解析による集団の変遷過程の解明に取り組みました。
研究手法?成果
本研究では、シマウツボの生育が確認されている父島列島の弟島と父島および母島列島の母島において、計17集団の宿主植物の同定を行いました。シマウツボが接続している宿主植物の根の組織を採集し、DNAバーコーディング法*1を用いて宿主植物の分子同定を実施しました。その結果、弟島と父島の個体は主にキョウチクトウ科のヤロードに寄生しているのに対し、母島の個体は主にミカン科のオオバシロテツに寄生していることが明らかとなりました。近縁種であるハマウツボがキク科のヨモギ属に寄生するのとは異なり、シマウツボは小笠原諸島に定着した際に全く別の科の植物に劇的な宿主転換を遂げたと考えられます。さらに、約50キロメートル離れた島々において異なる宿主植物に寄生していることも確認され、宿主転換が列島間の分布拡大とともに生じた可能性が示唆されました。
宿主転換の過程を明らかにするため、各集団から計367個体のシマウツボの葉を採取し、葉緑体DNAの全塩基配列を決定するとともに、MIG-seq法*2を用いたゲノムワイドな核の一塩基多型(SNP)の検出を行い、系統および集団遺伝学的解析を実施しました。その結果、シマウツボが単一起源であることが支持され、さらに母島の個体群は弟島や父島の個体群から派生した系統であることが示唆されました。加えて、島ごとに遺伝的分化が生じていることが明らかになったほか、母島の集団は、父島と弟島の集団が遺伝的に混合することで形成された可能性が高いことも分かりました。
これらの結果から、シマウツボの祖先は最初に父島列島に定着し、宿主をヨモギ属からヤロードへ転換させ、その後、母島列島へと分布を拡大する過程で、さらにヤロードからオオバシロテツへと宿主転換を起こしたと推測されました。さらに、オオバシロテツへの宿主転換には、遺伝的組成が異なる集団間の遺伝的交流が関与している可能性も示唆されました。本研究は、本来の宿主植物が存在しない海洋島において、寄生植物が柔軟に宿主を変化させながら適応進化してきた過程を明らかにした重要な成果となりました。
波及効果、今後の予定
本研究は、小笠原諸島固有植物シマウボの宿主転換の過程を明らかにし、海洋島における寄生植物の適応過程を示す重要な研究となりました。従来の宿主植物がいない環境に定着するために、宿主植物を大きく変化させただけでなく、島間でも宿主植物が変化していたことが明らかとなりました。父島と弟島の個体はヤロードに、母島の個体はオオバシロテツに寄生していましたが、現在いずれの島にもヤロードとオオバシロテツが生育しています。両種がいずれの島にも分布拡大した後で、シマウツボの分布拡大が生じ宿主転換が生じたのか、シマウツボが母島に侵入した時点ではヤロードは母島に存在しなかったのか、現時点では両方の可能性が考えられます。今後は宿主植物の遺伝解析を行うことで、それぞれの種の小笠原諸島内での分布拡大過程を調べるとともに、各島のシマウツボがヤロードとオオバシロテツにどの程度寄生する能力を有しているかを比較するなどして、より詳細な宿主転換のメカニズムを解明していきたいと考えています。
研究プロジェクトについて
本研究は、日本学術振興会科学研究費(JP21J21900, JP17H04609, JP20K21446, JP20H03310)、山田科学振興財団、笹川科学財団(2019-5012)、東京都-京都大学産学連携事業エコロ知カルネットワーク事業の研究助成を受けて行いました。
用語解説
※1 DNAバーコーディング法:
DNA配列に基づき種を同定する方法。今回は葉緑体DNAのtrnH-psbA領域を種同定に用いた。これにより根を全て掘り返さなくても種を同定することが可能となった。
※2 MIG-seq法:
マイクロサテライトに挟まれた領域をランダムに増幅し、次世代シーケンサーで塩基配列比較を行う方法。今回は640遺伝子座の配列情報に基づき解析を行った。
論文情報
タイトル
"Genetic Admixture and Novel Host Shifts in a Parasitic Plant, Orobanche boninsimae (Orobanchaceae), Endemic to the Ogasawara Islands"(小笠原諸島固有寄生植物シマウツボの遺伝構造と宿主転換)
DOI
10.1111/mec.17687
著者
Akihiro Nishimura, Koji Takayama
掲載誌
Molecular Ecology