本研究では、島根県の汽水湖注1である宍道湖における沈水植物注2(水草)の大量繁茂の管理?抑制を目指して、繁茂条件の特定とその事前察知を可能にする環境DNA(eDNA)手法注3の開発を試みました。この手法は、生物から脱落した組織などに由来する環境中のDNAを指標に、対象種の在不在や生物量(バイオマス)を簡便に推定できる革新的なモニタリング技術です。
具体的には、宍道湖で近年大量繁茂している沈水植物2種(ツツイトモとリュウノヒゲモ)を対象に、eDNA濃度を基にバイオマスを推定する定量的手法を開発しました。つぎに、2016年1月から2022年12月までの7年間にわたって、宍道湖沿岸6地点で採取したサンプルを分析しました。その結果、両種のeDNA濃度、すなわちバイオマスの年変動および季節変動などを明らかにすることができました。
とくに近年、ツツイトモに対してリュウノヒゲモのeDNA濃度が増加しており、この傾向は野外での両種のバイオマス観察結果とも一致していることがわかりました。また、両種の成長が水面から確認できない冬季においても、両種のeDNAが検出できることもわかりました。さらに、統計解析モデルにより、塩分耐性が低いツツイトモのバイオマスは宍道湖の塩分と負の相関があり、塩分耐性が高いリュウノヒゲモは宍道湖の塩分に影響されていないことが明らかになりました。
この結果は、宍道湖における近年の塩分上昇が、ツツイトモからリュウノヒゲモへの優占種交代の要因であることを示唆しています。私たちの知る限り、長期的なeDNAモニタリング調査によって汽水湖における沈水植物のバイオマスの増減を評価し、その原因を明らかにした初めての研究です。今後は、得られた研究成果をもとに、地域社会や行政と協力し、宍道湖の環境保全や地域貢献の一助にできればと考えています。
この研究成果は、島根大学(高原輝彦教授ら)、京都大学(土居秀幸教授)、神戸大学(源利文教授ら)との共同研究成果として、学術雑誌『Estuarine, Coastal and Shelf Science』において、2025年1月30日にオンライン公開されました。
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ポイント
- 環境DNA手法は、野外で水1リットルほどを採取するだけで生物の生息状況(在不在や生物量)を推定できる簡便で画期的な調査手法であり、多地点?多頻度のモニタリング調査に適しています。しかし、これまで長期的な調査に適用した事例はほとんどありませんでした。
- 本研究では、宍道湖で近年大量繁茂が問題となっている沈水植物(水草)2種に焦点を当て、2016年から毎月実施してきた環境DNA調査によって得た7年間分のサンプルを分析しました。その結果、両種のバイオマスの年変動や季節変動などが明らかになり、また、どちらが優占種となるかは宍道湖の塩分変動が強く関係していることがわかりました。
背景
湖沼の生態系は、漁業の維持やレクリエーションの場提供など、さまざまな生態系サービスを支えており、とくに水生植物はその基盤において重要な役割を果たしています。しかし、汽水湖である宍道湖(島根県)では、ツツイトモ(非常に低い塩分耐性をもつ)やリュウノヒゲモ(比較的高い塩分耐性をもつ)などの沈水植物が大量繁茂しており、それらの枯死後に発生する不快な臭いなどが問題視されているため、その原因究明は急務です。そのためには、継続的なモニタリング調査を実施して、これらの沈水植物の大量繁茂を引き起こす要因の解明が必要だと考えられますが、従来の生物調査(目視や個体採集など)は多大な労力を必要とすることが課題でした。加えて、問題の沈水植物が水面から視覚的に確認されたときには、繁茂の管理を行うにはすでに遅すぎる可能性も考えられます。
環境DNA(eDNA)の分析は、河川、池、湖などの水サンプルに含まれるDNA情報を手がかりにして、eDNAの検出/不検出や濃度を解析することで、対象種の在不在や生物量(バイオマス)を簡便に推定することができます。eDNAのもう一つの利点は、現場で収集するのは水だけで済むため、現地調査に必要な労力を大幅に削減でき、長期的かつ高頻度でのデータ収集が容易になることです。また、沈水植物の生息確認は水面に葉などが到達するまで視覚的に把握するのは難しいですが、湖底の殖芽(栄養分を貯蔵した芽)などから放出されるeDNAは、水中でまだ発芽段階にある場合でも検出できる可能性があり、沈水植物の早期発見を可能にするかもしれません。そこで、宍道湖におけるツツイトモとリュウノヒゲモの大量繁茂の要因解明を目指した長期的なeDNAモニタリング調査を実施しました(図1)。
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研究成果の概要と意義
本研究において、2016年1月から2022年12月までの7年間にわたって毎月採取したeDNAサンプルを使用することで、ツツイトモとリュウノヒゲモのeDNA濃度の年間変動を明らかにできました(図2)。ツツイトモのeDNA濃度は2018年にピークを迎え、その後は減少傾向を示しており、一方でリュウノヒゲモのeDNA濃度は年々増加していました。これは、島根県が実施している両種の分布調査で報告された結果とも傾向が一致していました。
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また、統計解析の結果、ツツイトモのeDNA濃度と塩分との間に負の相関があることが示されました。この結果は、近年の宍道湖における塩分の増加によってツツイトモのバイオマスが減少したことを示唆しています。一方で、リュウノヒゲモのeDNA濃度と塩分には相関がみられませんでした。宍道湖の塩分は近年増加傾向であり、リュウノヒゲモはツツイトモよりも高い塩分耐性をもつことが知られているため、リュウノヒゲモは現在の宍道湖の塩分環境でもバイオマスが増加したと考えられます。これらの結果は、宍道湖における近年の塩分上昇が、ツツイトモからリュウノヒゲモへと優占種が交代した要因であると考えられます。加えて、沈水植物の成長が水面に達する前の冬季において、両種のeDNAが検出できました。このことから、沈水植物のeDNA濃度が上昇し始める時期や場所の詳細を特定することで、広範な繁茂が発生する前に対策を講じる一助になる可能性を見出すことができました。
私たちが知る限り、本研究は、汽水湖における沈水植物の優占種の入れ替わりとその原因を長期的なeDNA分析を用いて評価した初めての研究になると考えています。本研究の結果は、今後の湖沼生態系の管理および保全に貢献することが期待されます。
将来の波及効果
宍道湖における水草の大量繁茂が近年問題となっているツツイトモとリュウノヒゲモを対象に、約7年間分のeDNAサンプルを解析し、両種のバイオマスの年変動や季節変動などを明らかにすることに成功しました。この成果により、野外で少量の表層水を採取し、DNA情報を調べるだけで、沈水植物の繁茂状況を推定できることを実証できたと考えています。また、この手法を用いれば、まだ対象種が水面から目視で確認できない時期でも、水中のeDNA濃度が高くなる兆候を検出することで、その後の急激な繁茂を予測できると考えています。さらに、こうした予兆をeDNAから把握した後、例えば、大量繁茂前に現場の土壌を撹拌したり、土壌を除去したりすることで、繁茂抑制の対策が可能になるかもしれません。これにより、大量繁茂後の大規模な刈り取り事業と比べて、低コストで効率的かつ効果的な対策が期待できます。ただし、事前察知後の具体的な対処法については、今後、十分な根拠を得るための飼育実験や追加調査を行うなど、発展的な検証が必要であると考えています。また、本研究で得られた結果を基盤とすることで、例えばAI(機械学習など)を用いた将来予測の実現も可能になるかもしれません。今後、問題視される水生植物の繁茂抑制に向けた予測手法のさらなる検討が進むことが期待されます。
用語解説
注1)汽水湖
淡水と海水が混ざり合っている湖のこと。宍道湖は、海水の約1/10ほどの低塩分の汽水湖と考えられています。
注2)沈水植物
水中で完全に沈んで生育する水生植物(水草)のことで、水面には出ず、茎や葉がすべて水中にあり、根も水底に張っています。沈水植物は、一般的に水中で光合成を行うため、葉が水中に広がったり、水面近くで浮かんだりすることもあります。
注3)環境DNA手法
環境DNA(eDNA)とは水などに溶け出た生物の排泄物や脱落した組織などに由来したDNAのことで、本手法はこのDNAの情報(有無や濃度など)を調べることで、様々な対象種の生息状況(在不在?生物量など)を簡便に推定できる生物モニタリング技術です。この手法は、現場では1リットルほどの水を汲むだけ、あとはそれを持ち帰ってDNAの濃縮や抽出?精製、DNA分析機器(定量PCRなど)による測定を行います。この手法は、野外では主に水を汲むだけなので、危険や多大な労力を伴う野外調査の負担を大幅に軽減でき、加えて、広範囲で多地点の調査を簡便に実施できる大きな利点があります。
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謝辞
本研究成果は、出雲河川事務所「宍道湖における水草繁茂の抑制手法に関する研究」、科研費 基盤研究(B)(21H03649、21H02220)、挑戦的研究(萌芽)(20K21335)、JST SPRING(JPMJSP2155)の助成を受け、実施されました。
論文情報
タイトル
"Seven-year changes in eDNA concentrations of two dominant submerged macrophytes in Lake Shinji: Effects of salinity"(宍道湖で沈水植物優占2種の環境DNA濃度における7年間の変動:塩分の効果)
DOI
10.1016/j.ecss.2025.109165
著者
Teruhiko Takahara (高原 輝彦)*, Satoshi Yamagishi(山岸 聖),Rina Shimoda(下田 莉奈),Akihiro Nagata(永田 晃弘),Masayuki K. Sakata(坂田 雅之),Hideyuki Doi(土居 秀幸), Toshifumi Minamoto(源 利文)(*: 責任著者)
掲載誌
Estuarine, Coastal and Shelf Science, 315巻, 109165