磁性と誘電性が強く相関したマルチフェロイック物質では、電気磁気効果に起因する新奇な物性が報告されています。その一つが電流を一方向にだけ流して逆流を防ぐ半導体部品のダイオードに似た、光の「一方向透過性」です。この性質を持つ物質は、光の吸収がなく透明に見える状態から光の進行方向を180°反転すると光の吸収が起こり透明でなくなります。
東北大学金属材料研究所の赤木暢助教、静岡大学理学部の松本正茂教授、大阪大学大学院理学研究科の鳴海康雄准教授と萩原政幸教授、神戸大学分子フォトサイエンス研究センターの大久保晋准教授と太田仁名誉教授(当時、教授)からなる共同研究グループは、光の一方向透過性を、将来の高速無線通信への利用が進められているテラヘルツ光において観測しました。観測された吸収エネルギーが1テラヘルツ以上の広帯域であることも、利用の幅が広くなるため応用上重要な特徴となっています。さらに、詳細な理論計算により「一方向透過性」と「広帯域にわたる吸収エネルギー」を示す特異な吸収の起源が「自発的マグノン崩壊」であることも明らかにしました。光励起現象としての自発的マグノン崩壊の観測は世界初の成果です。テラヘルツ光は超高速無線通信への利用が期待されており、この成果は光デバイス開発へ向けた材料探索の大きな指針につながります。
本成果は、2025年2月26日14:00(米国東部時間)に科学誌Science Advancesに掲載されました。
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ポイント
- テラヘルツ光注1の一方向透過性(光ダイオード効果)を広い吸収帯を持つ特殊なマグノン注2励起において観測しました。
- 50テスラ注3、3テラヘルツという極限的な磁場と周波数領域での電子スピン共鳴注4測定と、「自発的マグノン崩壊」に基づく理論により、電気磁気効果注5(交差相関効果)による光の電場と磁場の干渉機構を明らかにしました。
- 本研究はテラヘルツ領域の光通信に利用できる光アイソレータや光スイッチ実現への扉を開く重要な成果です。
研究の背景
磁性と誘電性が強く相関した物質群はマルチフェロイックと呼ばれ、磁性と誘電性の間の交差相関である電気磁気効果が露わに現れることから、その特異な応答が注目されています。電気磁気効果は、磁気励起にも影響し、一般的な励起「光/電磁波の振動磁場によるスピン波励起(マグノン励起)」だけでなく、「振動電場によるスピン波励起(エレクトロマグノン励起)」も許容します。振動磁場と振動電場の両方に応答する励起も報告されており、そのような場合には、2つの励起の干渉が起き、方向二色性が現れることが分かってきました。
例えば、図1(a)の左入射(オレンジ色)では吸収が起きて光が透過せず、右入射(水色)では吸収がほとんど起きず光が透過します。このような光の入射方向反転による吸収強度変化である方向二色性は、様々な周波数領域で観測されていますが、特殊な光学素子への利用などを見据え、大きな効果の発現が求められています。
また、本研究対象である磁気励起は、そのエネルギーがテラヘルツ光領域です。テラヘルツ光は、将来の高速無線通信への利用が見込まれており、その領域での新奇な物性は、高速?大容量通信環境で利用できる新規デバイスへの応用に期待することができます。
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今回の取り組み
本研究では、マグノン?エレクトロマグノン励起に伴う光吸収をパルス強磁場注6電子スピン共鳴測定から、強磁場?強制強磁性(磁化飽和)状態において観察しました。本研究対象の鉱物のオケルマナイト(Ca2MgSi2O7)と同じ構造のコバルト(Co)オケルマナイト(Sr2CoSi2O7)では、低温で反強磁性磁気秩序注7を示しますが、20テスラ以上の強磁場を印加することでスピンを一方向に揃えた磁化飽和状態にすることができます。このようにして、磁気秩序が消失した磁化飽和状態でのマグノン?エレクトロマグノンの観察を行うことで、理論解析を単純化することができました。磁気秩序状態では、磁気相関を考慮する必要があり、理論解析が非常に複雑で困難です。この単純化により、本研究では、電気磁気効果に起因する複雑なマグノン?エレクトロマグノン物性の詳細を完全に解明することができました。
巨大な方向二色性(一方向透過性)の観測
本研究でマグノン吸収における一方向透過性の観測に成功しました。図2(a)に実験結果の一部を示します。実際の実験では、「光入射方向の反転」と幾何学的に同じ効果をもたらす「印加磁場の反転」を用いて、方向二色性を観察しています。赤が磁場をプラス方向に印加した場合、青がマイナス方向に印加した場合の透過光強度の変化を示しています。赤の方に注目すると31テスラを頂点に緑と黄色の領域で広く吸収(CA+CB)が現れています。赤と青の違いが方向二色性であり、プラス磁場で観測されたブロードな吸収(CA+CB)が、マイナス磁場では、ほとんど消えていることが分かります。この結果は、一方向透過性が観測できていることを示しています。
さらに、物性測定結果から決めた電気磁気パラメータから磁場/電場励起強度を計算すると、同程度となっていることが分かりました。これが方向二色性の大きくなっている理由となります。図2(b)に理論計算で求められた遷移確率を示します。それぞれの吸収モードにおいて、吸収強度に比例する遷移確率を計算しています。この中で、L0モード(上から3番目の曲線)においてエレクトロマグノンにおける干渉効果が大きく現れ、ネガティブ干渉では吸収がほとんど起きないため、方向二色性の大きさが100%に近い大きさとなり、一方向透過性であることを示すことができました。
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電子スピン共鳴における自発的マグノン崩壊
自発的マグノン崩壊は、非弾性中性子回折実験での観測が報告されていましたが、今回、光励起現象で初めて観測しました。光励起実験では結晶周期に対して一様な励起しか励起できないため、マグノン崩壊を起こす条件を整えることが困難です。2倍のエネルギーを持つマグノン励起(L0)が起きた場合、それが2つのマグノン(Tk,T-k)へ崩壊する過程を示す自発的マグノン崩壊が、離散的であるマグノンエネルギーを連続励起可能とする効果もあり、広い吸収エネルギーを実現しています。その吸収は、図1(a)に示すような通常のガウス型の吸収形ではなく、図1(b)のような幅のあるおわん型となります。これは応用利用時には、動作範囲の拡大と対応します。一方で、電子スピン共鳴においてマグノン崩壊を観測するためには、L0と(Tk,T-k)のエネルギー関係が重要であり、これらのエネルギーが同じになっているために観測できました。同時に、L0モードの吸収が十分に強い必要がありますが、Sr2CoSi2O7では、これらの条件を満たしていました。この結果として、図2(a)における(CA+CB)のような吸収エネルギーに幅を持つ、特殊な形状の吸収として観測することができました。さらに、L0モードが一方向透過性を示すことから、「幅広い吸収エネルギーを持つ一方向透過性」の観測に成功しました。
今後の展開
一方向透過性が発現しているSr2CoSi2O7においてマグノン励起とエレクトロマグノン励起のバランスが取れていることを理論的に解明できたため、他の物質においても物性値から方向二色性の大きさが見積もれることを示せました。また、自発的マグノン崩壊により、磁気励起のエネルギーを離散的なものから連続的なものに変化させ、吸収エネルギーの広帯域化ができることを示せました。これらは、広い吸収エネルギーを持つ一方向透過性の実現指針を示しており、デバイスへの応用時に有効な機能の発現法の一つとして利用可能です。また、自発的マグノン崩壊を電子スピン共鳴法で観測できたことは、今後の磁気励起研究にあたっての重要な成果です。さらに、本研究で明らかになったSr2CoSi2O7のテラヘルツ光の一方向透過性は、将来の超高速無線通信で使われるテラヘルツ光の光アイソレータや光スイッチへの応用の可能性があります。分子サイズで適用できる点、磁場制御可能である点などが特徴であり、小型化を含め、新しいデバイスへの利用が期待できます。
なお、本研究においては、50テスラの極限的な強磁場を用いて電子スピンを100%偏極させた強制強磁性状態での単純化した理論解析が要となっており、強磁場電子スピン共鳴測定手法の高度化が本成果の実現に大きく貢献しています。
用語解説
[注1] テラヘルツ光
0.1から10テラヘルツ程度の周波数を持つ電磁波。通信に使用されるミリ波?マイクロ波と遠赤外線の間という、電波と光の境目に位置しており、近年実用利用が進められています。特に、6Gなど高速無線通信への利用から注目されています。
[注2] マグノン
磁性体における磁気の波を量子化した結果現れる疑似粒子(準粒子)。マグノンエネルギーに対応するテラヘルツ光の照射により、光を吸収し励起されます。光の振動磁場成分に揺らされる磁気(スピン)が広がったものとイメージすることができます。
[注3] テスラ
磁束密度の単位であり、磁場の強さを表します。市販の強い磁石(ネオジム磁石)の強さが約0.5テスラ。本研究では、パルス強磁場コイルを用い、50テスラまで実験を行いました。
[注4] 電子スピン共鳴
物質中の電子スピンが電磁波(光)を吸収して励起する現象。物性を担う電子スピンを直接観察できる数少ない実験法です。物理分野だけでなく、化学、工学、医学、薬学など幅広い利用が進められています。Electron Spin Resonanceの英語名からESRと呼ばれています。通常の電子スピン共鳴測定は、1テスラ?0.01テラヘルツ程度の領域で行われますが、本研究では、特殊な実験環境を作り上げ、50テスラ?3テラヘルツという極限的な測定を行い、成果を得ました。
[注5] 電気磁気効果
磁性と誘電性の交差相関効果。通常は、磁性を磁場で?誘電性を電場で制御しますが、これに対し、磁性を電場で?誘電性を磁場で制御することを電気磁気効果と言います。通常の制御に比べ、制御する物性と外場の関係が交差している形になっているため、交差相関効果と呼ばれています。
[注6] パルス強磁場
実験で使用する磁場は、コイルに電流を流し発生させたものを使用します。一般的には超伝導コイルを用い磁場発生を行いますが、より高い磁場を発生させる方法としてパルス磁場コイルを使用する方法があります。大きなコンデンサーに貯めた電気を0.01秒程度の短い時間でコイルにいっぺんに流すことで、短時間であるが超伝導コイルでは発生できない強磁場を発生することができます。磁場発生時間が短いため実験は困難になりますが、本研究では実験の高度化により高精度の電子スピン共鳴測定を実現しています。
[注7] 反強磁性磁気秩序
スピン(物質中の小さな磁石)は、互いに相関しています。この相関は、物質ごとに様々ですが、本研究で対象としたSr2CoSi2O7は隣り合うスピンが反対方向に向くような相関があり、低温では、隣り合うスピンがそれぞれ反対方向を向いて整列し、物質全体としては磁気モーメントが発生しない状態になります。このような磁性を反強磁性と呼びます。反強磁性状態では、スピン同士は強く相関しているため、マグノンの解析時にたくさんのスピンを考慮して計算する必要があるため、複雑になります。本研究では、強磁場印加することで、反強磁性を壊した状態での実験を行い、その後のマグノンの解析を簡略化したことで、理論的解明に成功しました。
謝辞
本研究はJSPS科研費 JP19K03745,JP21K03466の助成を受けたものです。
本論文は『東北大学2024年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』によりOpen Accessとなっています。
論文情報
タイトル
Terahertz broadband one-way transparency with spontaneous magnon decay
著者
Mitsuru Akaki*, Masashige Matsumoto, Yasuo Narumi, Susumu Okubo, Hitoshi Ohta, Masayuki Hagiwara
*責任著者:東北大学金属材料研究所 助教 赤木暢
DOI
10.1126/sciadv.ado6783
掲載誌
Science Advances