神戸大学大学院医学研究科糖尿病?内分泌内科学部門の小川渉教授、地域社会医学健康科学講座の坂口一彦特命教授らの研究グループは、糖尿病治療薬メトホルミンの作用機構を解析する過程で、「糖(ブドウ糖)が腸へ排出される」という現象を発見し、排出された糖は腸内細菌の栄養として使われるとともに、短鎖脂肪酸という健康維持に重要な物質が産生されることを明らかにしました。
腸内細菌は、私たちの体が必要としながらも、自ら作ることのできない多くの物質を作り出しており、短鎖脂肪酸はそのうちの一つです。腸内細菌は人が消化できない食物繊維を栄養として生育?増殖し、副産物として短鎖脂肪酸を産生すると考えられていました。しかし、それとは別に、人は糖を腸に排出することによって腸内細菌に栄養を与え、短鎖脂肪酸を作らせていることが分かったのです。これは過去に全く想定されていなかった、人と腸内細菌の関係についての新発見です。

本研究成果の概要図
従来、短鎖脂肪酸は腸内細菌による難消化性食物繊維の発酵によって生成されると考えられていたが、研究グループはブドウ糖が小腸に排泄され、排泄されたグルコースから短鎖脂肪酸が生成されることを発見した。? 神戸大学 (CC BY)
この発見はまた、世界で最も広く使用される糖尿病治療薬メトホルミンの作用機序を理解するうえで重要な示唆を提供しています。研究グループは、メトホルミンを服用すると、腸内に排出される糖の量が約4倍になることも明らかにしました。短鎖脂肪酸は代謝を整える働きを持つため、今回発見した現象はメトホルミンの血糖低下作用にも関わる可能性があります。
近年、腸内環境の乱れが様々な病気の原因になることが注目されています。今後、腸への糖排出を増加させる薬剤が開発できれば、腸内細菌に十分に栄養を与えて腸内環境を整えることで、様々な病気の治療に役立つ可能性があります。
この研究成果は、2025年3月3日午後7時(日本時間)に、国際学術誌「Communications Medicine」に掲載される予定です。
ポイント
- 多量の糖(ブドウ糖)が腸へ排出されるという新しい現象を発見した。
- 従来、腸内細菌は食物繊維を栄養として生育?増殖し、その副産物として短鎖脂肪酸が産生されることが知られていたが、腸へ排出された糖が腸内細菌の栄養となり短鎖脂肪酸が作られるという新たなメカニズムを発見した。
- 腸への糖排出を制御できる薬剤が開発できれば、腸内細菌に十分に栄養を与えてより良い腸内環境を作ることで、様々な病気の治療に役立つ可能性がある。
研究の背景
研究グループは、以前から、メトホルミンという世界で最も広く使用されている糖尿病治療薬の作用機序の解明を試みていました。メトホルミンは60年以上前から使われ、現在も世界で多くの患者が飲んでいる糖尿病治療薬です。メトホルミンを飲めば患者の血糖値 (血液中のブドウ糖の濃度) は下がりますが、そのメカニズムは十分に明らかではありませんでした。
FDG-PET (fluorodeoxyglucose-positron emission tomography、フルオロデオシグルコース-ポジトロン断層撮影) は、ブドウ糖に似た物質であるFDGを血管中に投与し、その後FDGが体のどこに集まるかを調べる検査です。FDGはブドウ糖と同様に体内を移動するため、ブドウ糖の動きや特定の臓器における消費状況を調べることができます。
FDG-PETが癌の検出※1などに広く行われるようになって以後、メトホルミンを飲んでいる人では腸にFDGが多く集まることが分かってきました。これはメトホルミンを飲むと「腸に糖(ブドウ糖)が集まる」ことを示します (図1)。

図1.メトホルミンを飲んでいる人と飲んでいない人のFDG-PET画像
FDG (ブドウ糖に類似した物質) が集まったところは黒く見える。右のメトホルミン服用者では腸が黒く写り、FDGが腸に集まっていることが分かる。
しかし、通常のFDG-PET検査では「腸の壁」に集まっているのか「(消化された食物や便が存在する)腸の中」に集まっているのかは分かりません。小川教授らは、PET/MRI※2 という新しい装置を用いた研究で、メトホルミン服用者では「腸の中」にFDGが集まる可能性、つまり、血液中のブドウ糖が腸管内腔に排出される可能性を示唆していました。しかし、腸のどの部位が排出に関与しているのか、また排出される糖の正確な量などの詳細は不明のままでした。 そこで今回、新しい撮像法の開発により詳細な評価を目指しました。
研究の内容
小川教授らは、まずメトホルミンを飲んでいる人を対象に、FDG-PETを連続的に撮像することで、血管内に投与したFDGがどのように腸の中に移動するかを調べました。その結果、腸管の中ではFDGは小腸の上部(空腸)に最初に現れ、その後、腸の中を大腸から直腸へと動いていくことが分かりました(図2)。

図2. FDGの腸管内での動態の観察(左)と腸管各部位での放射活性の時間的変化(右)
FDG は腸管ではまず小腸にて検出され、その後、腸管内を大腸から直腸へと移動する(左)。腸管各部位での放射活性を定量すると、空腸にて検出され、時間とともに空腸の放射活性は低下する(右)。空腸より下部の腸管では逆に時間とともに放射活性が増強する。これはFDGが空腸に排出され、腸管内を肛門側へ移動していくことを示している。
次に小川教授らは腸に集まるFDGを詳しく分析できるPET/MRIの新しい検査法を開発しました(図3)。この検査法では血液中から腸の中へ移動したFDGの量を定量的に測定することができます。FDGは体の中でブドウ糖と同じように動くため、FDGの移動量からブドウ糖の腸への排出速度を計算できます。その結果、メトホルミンを飲んでいる人では1時間当たり平均して約1.65gのブドウ糖が腸の中へ排出されることが分かりました。またメトホルミンを飲んでいない人でも約0.41gのブドウ糖が排出されていました。すなわち、人は本来、腸の中にブドウ糖を排出するという機能を持っており、メトホルミンはそれを強める働きがあることになります。1時間当たり1.65gというのは、脳がブドウ糖を消費する量や肝臓がブドウ糖を作る量の20%にも達する大きな「糖の動き」です。今まで知られていなかった大きな「糖の動き」が人体の中に存在したのは驚きの結果でした。

図3.腸管内でのFDGの絶対定量法の開発による腸管内ブドウ糖排出速度の推定
腸管内のFDG を絶対定量できる方法を開発した(左)。放射活性の強い部分は濃いオレンジ色で、弱い部分はオレンジ色で示されている。FDG腸管内への移動量からブドウ排出速度を計算すると、メトホルミンを飲んでいる人では1時間当たり1.65g、飲んでいない人でも1時間当たり0.41gという大きな速度でブドウ糖が排出されることが明らかになった。
さらに、マウスを用いた実験でも人と同様にFDGが腸の中へ排出されることが分かり、小腸から出されたFDGは大腸に移動するに従って腸の中で代謝されることも分かりました。
小川教授らは腸の中でどのように代謝されるかを詳しく調べるために、特別なブドウ糖を使った研究を行いました(図4)。ブドウ糖を構成する通常の炭素原子の原子量は12(12C)ですが、13 という原子量を持つ炭素原子(13C)が自然界にごくわずかに存在します。13Cと12Cは質量(重さ)が異なるので、質量分析機という装置を使うと、13Cが含まれる物質と12Cが含まれる物質を区別して量を計ることができます。
小川教授らはマウスの血管内に13Cで作られたブドウ糖を注射した後、便に含まれる物質を質量分析機で調べましたが、その際、短鎖脂肪酸※3と呼ばれる物質に注目しました。酪酸、酢酸、プロピオン酸などの短鎖脂肪酸は動物の体の中で様々な重要な役割を担いますが、動物は自分で短鎖脂肪酸を作ることができず、腸内細菌が作ったものを利用しています。13Cで作られたブドウ糖を血管内に注射したマウスでは、便の中の短鎖脂肪酸の13Cの含有率が増加しました(図4)。これは血管の中にあるブドウ糖が腸に排出され、そのブドウ糖によって短鎖脂肪酸が作られたことを示しています。マウスに抗生物質を投与して腸内細菌を除去しておくと短鎖脂肪酸は著しく減ったため、確かにこれらの短鎖脂肪酸は腸内細菌によって作られたことが分かります。メトホルミンを与えたマウスでは、便の短鎖脂肪酸の13C含有率は更に上昇したことから、この実験でもメトホルミンが腸へのブドウ糖排出を促すことが確かめられました。

図4.質量分析による短鎖脂肪酸中の13Cの含有率の解析
13C標識ブドウ糖、または、通常のブドウ糖をマウスの血管内に投与し、便の短鎖脂肪酸の13Cの含有率を解析した。短鎖脂肪酸の13Cの含有率は13C標識ブドウ糖の投与により増加し、メトホルミンを与えたマウスでは更に増加した。
従来、人をはじめとした動物は、自分達が消化できない食物繊維を食事として取り、それを腸内細菌に栄養として与え、その副産物としてできる短鎖脂肪酸を利用していると考えられてきました。これが健康維持ために食物繊維を取ることが薦められる理由の一つです。今回の研究では、動物は糖を腸に排出することにより腸内細菌に栄養を与えて短鎖脂肪酸を作らせる、という新しいメカニズムがあることが分かりました(図5)。これは動物と腸内細菌の関係について、想定されていなかった新発見です。

図5. 短鎖脂肪酸が作られるメカニズム
人が消化できない食物中の食物繊維を腸内細菌が栄養として用い、その副産物として短鎖脂肪酸が作られる(左)。今回、それとは別に人は糖を腸に排出することにより腸内細菌に栄養を与え、短鎖脂肪酸を作らせているという新しいメカニズムがあることが明らかとなった。
今後の展開
短鎖脂肪酸は多くの重要な役割を持つ、動物と腸内細菌の共棲関係の鍵となる物質です。近年、腸内環境の乱れが様々な病気の原因になることが注目されていますが、今後、腸への糖排出を増加させる薬剤が開発できれば、腸内細菌に十分に栄養を与えてより良い腸内環境を作り、様々な病気の治療に役立つ可能性があります。
また、短鎖脂肪酸は代謝を整える働きを持つため、今回発見した現象がメトホルミンの血糖低下作用にも関わっている可能性があります。今後、メトホルミンが腸内糖排出を強めるメカニズムや分かれば、より良い糖尿病治療薬の開発につながることが期待されます。
注釈
※1 FDG-PETによるがんの検出:
FDG-PETはがんの検出などに使われることが多いが、これはがん細胞が通常の細胞より多くの糖を取り込むという性質を利用している。
※2 PET/MRI:
通常のFDG-PET検査では、PET装置とCT装置が一体化したPET/CTという装置を使うが、この装置を使った検査では「腸の壁」と「腸の中」のFDGを区別することができない。PET/MRIは日本国内に10数台しか設置されていないPET装置とMRI装置が一体化した新しい検査装置。この装置を用いると「腸の壁」と「腸の中」を区別してFDGの動きを分析することができる。
※3 短鎖脂肪酸:
腸内細菌が作る、酪酸、プロピオン酸、酢酸などの有機酸。腸内のpHを低下させることで有害な病原菌の繁殖を抑える働きを持つのに加え、大腸の腸管細胞の主要なエネルギー源となる。また、炎症を抑えたり、免疫や代謝を調整する作用も持つと考えられている。
論文情報
タイトル
“Metformin-regulated glucose flux from the circulation to the intestinal lumen”
DOI
10.1038/s43856-025-00755-4
著者
Kazuhiko Sakaguchi1,2,, Kenji Sugawara1,, Yusei Hosokawa1,, Jun Ito1,, Yasuko Morita1,, Hiroshi Mizuma3, Yasuyoshi Watanabe3, Yuichi Kimura4, Shunsuke Aburaya5, Masatomo Takahashi5, Yoshihiro Izumi5, Takeshi Bamba5, Hisako Komada1, Tomoko Yamada1, Yushi Hirota1, Masaru Yoshida6, Munenobu Nogami7.8,Takamichi Murakami7, & Wataru Ogawa1.*
1. 神戸大学大学院医学研究科 糖尿病?内分泌内科学
2. 神戸大学大学院医学研究科 地域社会医学健康科学
3. 国立研究開発法人理化学研究所 生命機能科学研究センター
4. 近畿大学 情報学部、情報学研究所
5. 九州大学 生体防御医学研究所 高深度オミクスサイエンスセンター 質量分析センター?メタボロ
ミクス
6. 兵庫県立大学 環境人間学部 食環境栄養課程
7. 神戸大学大学院医学研究科 放射線医学
8. 福井大学高エネルギー医学研究センター 分子イメージング展開領域 生体機能解析学部門
* 責任著者
掲載誌
Communications Medicine