京都工芸繊維大学電気電子工学系 粟辻安浩教授、三瓶明希夫准教授、同プロジェクト研究員Sudheesh Kumar Rajput博士、高度技術支援センター西尾謙三技術専門職員、大学院生 公文雄基氏(工芸科学研究科博士前期課程電子システム工学専攻)、神戸大学次世代光散乱イメージング科学研究センター 的場修教授、産業技術総合研究所計量標準総合センター 夏鵬主任研究員らの研究グループは、レーザーを用いずに発光ダイオード(light emitting diode: LED)からの光や自然光による照明、あるいは物体自体が発する光など可干渉性の低い光に対して、単一のカメラを用いて高速に動く物体の3次元形状や透明物体のイメージングができる技術の実証に世界で初めて成功し、さらに最高で毎秒100万コマの3次元イメージングを達成しました。
この研究成果は、 2025年3月5日に、米国光学会(Optica)が出版する科学論文雑誌「Optica」に掲載されました。
ポイント
- 物体を照明した光が、物体から奥行き距離の異なる位置に作るそれぞれの光学像を1台のカメラでワンショット記録し、記録した1枚の画像に対して強度輸送方程式の計算を用いることにより、高速に動く物体の3次元像や高速な透明物体の像を再生する技術の実証に成功した。
- 物体からの光の複素振幅画像(強度画像と位相画像)をワンショットで記録できるために、高速に動く物体に適用可能である。
- ホログラフィーのように光の干渉を必要としないために、LEDからの光や自然光で照明された物体あるいは物体自体が発光するような可干渉性の低い光でも適用できる。
- ガス噴流、爆発、工業製品の検査技術などの高度化、核融合炉におけるプラズマ診断、生きた細胞などの3次元挙動の解析や理解などに期待ができる。
研究の背景
光は、明るさを表す強度と光がやってくる方向を表す位相を持っています。人の目や一般的なカメラでは強度を観察したり記録したりできますが、位相の観察や記録ができません。光の強度だけでなく位相も記録できると、物体からやってくる光波(物体光)の全ての情報を記録できます。物体光の全ての情報を記録する技術としてホログラフィー※1があります。この特徴によりホログラフィーは、物体の3次元像を記録?再生できます。しかしながら一般にホログラフィーにおいて像の記録には、可干渉性の高い光を発するレーザーを必要とします。そのために、私たちの回りに多用されているLEDや電球からの光、太陽光などの一般的な光は可干渉性が低いため、これらの光ではホログラフィーの記録がこれまで困難でした。一方、物体から奥行き距離の異なる複数の位置に作るそれぞれの物体光の強度画像を記録し、それらの画像に強度輸送方程式※2を用いることにより物体の強度と位相の両方の画像を得られる技術が提案されていました。この技術では、ホログラフィーのように光の干渉現象を利用していないため、物体3次元画像の記録にはレーザーのような可干渉性の高い光源を必要とせず、LEDや自然光あるいは物体自体が発する光などの可干渉性の低い光を用いても物体の強度と位相の両方の画像を取得できるという特長があります。しかしながらこの技術では、複数の画像を順次記録する必要があるために、物体が動く場合には適用ができませんでした。
研究の内容
このような状況において、本研究グループは並列強度輸送方程式(図1)と呼ぶ技術を考案しました。この技術では、従来の強度輸送方程式で必要な複数枚の画像を1台のカメラを用いてワンショット記録するので、物体のある瞬間の強度と位相の両方の画像を1枚の画像として取得することを可能にしました。これにより、用いるカメラの撮影速度に応じて、動く物体の強度と位相の両方の動画を記録できるようになりました。また、高速度カメラを用いて並列強度輸送方程式を実施することで、可干渉性の低い光源で照明された高速に動く物体やその物体が発する光の強度と位相の両方の高速度動画像の記録を可能にしました。
並列強度輸送方程式を実施するために開発した光学系の概略図を図2に示します。可干渉性の低い光を放つ光源としてLEDから発せられる光で、動く物体を照明します。物体を照明した光は空気中を伝播した後ハーフミラーで2つの光ビームに分けられます。分けられたそれぞれの光ビームは偏光板※3を通過し、互いに垂直な直線偏光に変換された後、ミラーで反射されます。反射して戻ってきた光ビームは再びハーフミラーを通して合わされた後、同一の光路を通って偏光高速度カメラで記録されます。偏光高速度カメラは、それぞれの直線偏光が形成するそれぞれの画像を同時に1枚の画像として記録できるカメラです。それぞれの直線偏光に対してハーフミラーとミラーとの距離を異ならせることで、それぞれの直線偏光が形成する画像は、物体からの奥行きが異なる距離に形成される画像として高速度偏光カメラで記録されます。このようにしてこの光学系では強度輸送方程式に必要な、ある瞬間において物体から奥行き距離の異なる複数の位置に作るそれぞれの画像を1枚の画像としてワンショットで記録します。記録した1枚の画像に対して、計算機処理によりある瞬間の物体の強度と位相の両画像を再生します。物体の強度画像と位相画像が得られると、それらの画像を計算処理することにより物体の3次元イメージング※4が実現できます。また、得られた位相は定量性をもつため、開発した技術は物体の定量位相計測※5もできます。
開発した光学系を用いて高速に動く物体の位相動画像記録や3次元イメージングのデモンストレーションとして行った実験結果を示します。この実験では、高速に動く物体として、空気中に置いた電極間に高電圧をかけることで生じた放電を毎秒52万5千コマで記録しました。図3に、記録した1枚の画像に対して計算処理することにより、ある瞬間における異なる奥行き位置でのそれぞれの画像を再生した結果を示します。
さらに、放電の様子を毎秒100万コマで記録しました。放電に対して焦点が合った位置での、時間変化の様子を図4に示します。図4(a)から(e)の各コマ間隔は1マイクロ秒です。3マイクロ秒後の(d)に、放電が発生している部分において放電を後方から照明している光が遮断されていることが観察されました。




今後の展開
開発した技術では、通常のカメラで観察できる不透明な物体のみならず、通常のカメラでは観察が困難な透明な物体が高速に動く様子の3次元形状変化や3次元空間における振る舞いを動画として記録?観察?計測できます。また、LEDからの光や自然光で照明された物体のみならず、自体が発光する高速に動く物体の3次元形状変化や3次元空間における振る舞いも記録?観察?計測できます。これらの特長を活かすことで、開発した技術は多方面での応用が期待されます。自動車や航空機のエンジンにおいては、燃料の点火や爆発の様子、エンジンから発せられる噴射の様子の解析により、エコなエンジンの開発が進むと考えられます。また、核融合炉中の高速に変化するプラズマの様子の診断に応用することで、核融合の効率的な制御と最適な核融合炉の開発が期待されます。さらに、ライフサイエンス分野においては、生きた細胞が放つ蛍光の3次元動画記録や、高速時空間変化を行う高速度4次元蛍光顕微鏡への応用だけでなく、染色処理や蛍光標識を不要とする動画観察や時空間解析が可能な高速度4次元無染色顕微鏡への応用などが進むことが見込まれます。
用語解説
1. ホログラフィー
光の回折と干渉を利用して、物体からやってくる光(物体光)のすべての情報を記録?再生できる3次元画像技術です。私たちが物体を見るときに認識している、物体を透過または物体で反射した光である物体光と、基準となる光(参照光)を干渉させて、干渉した光の明るさ分布をCCDやCMOSイメージセンサ等のカメラを用いて干渉縞画像としてディジタル記録します。記録された干渉縞画像がホログラムです。記録したホログラムに対してコンピュータで計算処理をすることで、奥行きの情報を含めた、物体の3次元情報を復元できます。物体光の干渉縞画像を記録するために、この技術では一般的には、可干渉性の高い光を発するレーザーを必要とします。
2. 強度輸送方程式
物体光に対して、その強度ならびに伝播方向の強度変化と位相との関係を表す方程式のことです。一般的なカメラでは、物体光の強度画像のみしか記録できません。物体光に対して、その伝播方向に異なる複数の距離においてそれぞれの強度画像を記録し、記録した複数の画像から強度輸送方程式を用いることで物体光の位相画像を求めることができます。
3. 偏光と偏光板
電場および磁場の振動方向が規則的な光が偏光です。光の進行方向から見たときの電場が特定の直線上のみで振動する偏光のみを通す板状の光学素子が偏光板です。
4. 3次元イメージング
物体自体の3次元形状や内部構造、物体の3次元空間中での振る舞いを3次元画像化することです。
5. 定量位相計測
一般的なカメラでは透明な物体の画像記録が難しいために、その物体を観察するためには、シャドウグラフ、シュリーレン法、位相差顕微鏡など特別な可視化技術が一般的には用いられますが、これらの技術で得られた画像は定量性に乏しいという弱点があります。光を透過させる物体に対して可視化だけで無く、光を照射した際に物体を透過した光と物体の外を通った光との間の光の位相差を測る技術は定量位相計測と呼ばれます。透明な物体の厚さや屈折率の計測、流体の流れ、生きた細胞の計測、物体の奥行き深さ計測などに応用されます。
謝辞
本研究の一部は、独立行政法人 日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業挑戦的研究(萌芽)「音場のナノ分解能高速度スペクトロスコピック動画像計測技術の創生」、研究活動スタート支援?Mixed sound imaging with separation capability using optical technique?、学術変革領域研究(A)?散乱?揺らぎ場における光の伝搬の可視化?ならびに?時空間光波シンセシスによる散乱透視基盤の構築?の支援を受けて行いました。
論文情報
タイトル
“Ultra-high-speed Non-interferometric Quantitative Phase and Multi-plane Imaging”
DOI
10.1364/OPTICA.541597
著者
Sudheesh K. Rajput, Yuki Kumon, Kenzo Nishio, Hou Natsu, Akio Sanpei, Osamu Matoba,
and Yasuhiro Awatsuji
掲載誌
Optica