金属や半導体などの物質をナノ (1ナノメートルは1メートルの10億分の1) サイズの粒子にすると、目に見える大きさの状態と違った特性が現れるという。例えば、一部の金属のナノ粒子は特定の波長の光を吸収し、発色する。この特性を生かし、赤色を発色する金のナノ粒子は必威体育の検査キットに使われ、陽性の場合、判定ライン上に赤色が見える。このように光波 (波長数百ナノメートル) に応答するナノ粒子は、より波長の長い電磁波である電波を制御するアンテナになぞらえて、「ナノアンテナ」と呼ばれ、安定な発色材料への応用のほか、バイオセンサーへの応用も期待されている。工学研究科の杉本泰准教授は、博士課程中に留学した米?ボストン大学でこの分野の研究最前線に触れ、その後、独自の製法で誘電体であるシリコンからなるナノアンテナの開発につながった。今回選ばれた神戸大学の国際共同研究強化事業※では、シリコンのナノ材料を世界各国の研究グループと共有し、神戸大学を核とした国際的な研究プラットフォームの構築を目指す。研究者としての歩みや研究内容、プロジェクトの狙いなどを聞いた。
留学先で最新研究に触れる
ナノ材料を研究したきっかけは?
杉本准教授:
高校時代は特に化学に興味があり、学部では電気電子分野の広い範囲の学問 (電気回路、電磁気学、物性、量子力学など) を学びました。その中で、魅力を感じた藤井稔教授 (工学研究科電気電子専攻) の研究室に早期研究室配属制度を利用して入り、無機ナノ材料の物性を研究しました。大学院でも、同じ専攻でナノスケールの新材料を開発する研究をしていました。ナノサイズにすることによって、光に対する応答を制御したり新しい機能を見いだしたりすることを目的としていました。修士は早期修了制度で、半年早く修了し、博士課程に進学しました。
留学先のボストン大学で大きな影響を受けたそうですね?
杉本准教授:
光の粒子「光子 (フォトン)」の科学と応用である「フォトニクス」分野の研究をしたいと思って、博士在学中の2014年9月から約1年間、ボストン大学の研究グループに訪問研究員という形で留学しました。留学先として、それまで携わっていた半導体物性の分野かフォトニクス分野か、という選択肢の中で、あえて経験のない方を選びました。迷ったときは困難そうな方を選ぶ、という性格なので。実際に行ってみると、私が事前に学んだ最新と思っていた論文は、発表されたころには内部ではそのプロジェクトがもう終わっていて、既に次のものが動いていました。直接滞在し関わりを持たないと、本当の意味で最新の研究動向が分からないことを実感しました。アメリカの研究グループで世界レベルのスピード感や、コミュニケーションの大切さを学びました。
研究内容を具体的に説明していただけますか?
杉本准教授:
ボストン大では、物質をナノサイズにし光を高度に制御する「ナノフォトニクス」と呼ばれる分野で、金属のナノアンテナを研究していました。一部の金属はナノサイズにするとある波長の光に応答して色が変化します。金はもともとは金色ですけど、ナノサイズにすると緑色に応答して吸収した結果、残りの赤色に見えます。金属系のナノ粒子アンテナで、近くの物質の光学応答を強めたり、変化させたりする研究をやっていました。例えば、蛍光とは物質が光を吸収して光る現象ですが、その光強度を強めることができれば、分子の蛍光を増強し高感度な生体センシングやイメージングに応用するとか、そういう研究です。
新カラーインクも開発中
留学から戻ってシリコンに目を向け、2017年にはシリコンナノアンテナの独自製法を開発しました。開発までの経緯は?
杉本准教授:
金属でナノ粒子を研究するのが当時のナノフォトニクスのトレンドでしたが、一部のトップレベルのグループでは、誘電体でも屈折率が高い材料は光との相互作用が強いので、ナノアンテナとして光を増強する機能があると言われ始めていたんです。そこに目をつけて、材料開発からアプローチした形です。実はボストンでの研究で、ある意味で金属の限界が見えたんです。というのは、金属は蛍光を強める一方で、光を吸収してしまい熱に変えてしまう特性がありました。ところが、誘電体は共鳴してもロスがないので、もっと良いものになるのではと思ったんです。
シリコンに目をつけたのは、それまでずっと研究してきた材料だったからです。シリコンは誘電体で高屈折材料ですが、私の博士までの研究ではナノサイズで光の吸収が弱いのが課題でした。しかし、金属が光を吸収してしまう課題を知ると、シリコンの光を吸収しないというディスアドバンテージが、むしろメリットになりました。要は目的に応じて、もともとは問題であると思っていた特性が、非常に魅力的なものに変わるといったところです。
シリコンナノアンテナを使って、国際共同研究も始まっていますが、狙いと今後の目標を聞かせてください。
杉本准教授:
今回のプロジェクトは、プロジェクト参画者の藤井教授と共に開発したシリコンのナノ粒子をさまざまな研究グループへ提供することで、これまで不可能であった基礎から応用までの研究を可能にします。海外の研究者らのハイレベルな測定技術、応用技術を取り込むことで、国際的なプラットフォームをつくるのが狙いです。理想的な材料を提供して、新しい現象を見つけてもらうとか、応用可能性を検証し、一緒に開発するというようなことですね。さらに、最近ではわれわれも想定していなかった光デバイスへの応用に関する研究も海外の研究者の発想でスタートしています。既に共同研究を始めている欧米の10以上の研究機関とバイラテラルな国際的コンソーシアムの構築を目指します。
どんな研究成果を期待していますか?
杉本准教授:
はじめに、基礎研究として、シリコンナノアンテナを使った実験研究が多数実施できるので、これまで理論的に予想されてきた物理現象を実験的に示す多くの成果が期待できます。
応用研究では、「バイオセンシング」分野で、センサーの高度化はターゲットのひとつです。ある特定のたんぱく質を検出する際、光を当ててその応答をみて判定しますが、いかにごく微量で検出するかで迅速さ、正確さが決まります。コロナウイルスの検査キットも今は一定数のウイルスにより金のナノ粒子を多く吸着しないと赤い線が出ませんが、別のタイプの蛍光型センサで且つナノアンテナにより光応答を増強すればもっと高感度に検出できるようになります。
それから、今回のプロジェクトとは別ですが、カラーインクなどへの応用にも期待しています。シリコンナノ粒子はサイズによって共鳴する波長が変わり、青色を強く散乱したり緑色を強く散乱したりできます。粒子のサイズを変えれば色を選べるので、今の有機物の塗料を無機物の安定したものに変えることができます。「構造色」と呼ばれていますが、印刷できるインクとして使えるように開発中です。特殊な用途、例えば偽造防止や半永久的に退色しない着色とか、薄い膜で自在に色を制御したりUVカットしたりする特性を用いて化粧品への応用などが想定されます。いかにスケールアップして量産し、産業展開するかということを研究しています。このように、学術成果のみならず、実用化に向けて産学連携を含めて日々研究を進めていきます。
研究者略歴
2012年4月~2013年9月 神戸大学工学研究科電気電子工学専攻。博士課程前期課程を1年半で修了。2013年10月~2016年3月同博士課程後期課程を修了し、博士号取得。2016年10月~2022年9月、神戸大学工学研究科助教。2022年10月~ 工学研究科准教授(高等学術研究院卓越准教授)
注釈
※ 国際共同研究強化事業 | 神戸大学
杉本准教授はB型?国際共同研究育成型?に採択されています。