大学生にとって魅力的な授業とは? 神戸大学が学生の評価をもとに発表している「ベストティーチャー」の授業に、その答えのヒントがあるかもしれない。学部の1、2年生を主な対象とする語学などの全学共通科目で、年2回選ばれるベストティーチャー。通算5回選ばれると「特別表彰」を受ける。その1人で、フランス語の授業を担当する国際コミュニケーションセンターの廣田大地准教授に、授業運営の工夫、語学教育に対する考え方などを聞いた。
複数の手段を組み合わせる
授業では、学生がスマホを使ってクイズの正答数を競ったり、フランス語の歌のプロモーションビデオを見たりして、楽しみながら学んでいる様子が印象的でした。ICT (情報通信技術) の活用も意識しているように見えました。
廣田准教授:
学生の参加度を上げることを常に意識しています。「何を教えたいか」ではなく、「学生が何を求めているか」を中心に考えるようにしています。ICTをどうからめるか、という点も重視しています。世界的に利用されている「Quizlet」(クイズレット) というオンライン学習ツールを使っていますが、これは、神戸大学に着任した当時、ネイティブスピーカーの先生が使っているのを見て取り入れたものです。
プロモーションビデオの活用も、フランス語に興味を持ってもらう一つの方法です。主に文法の授業を担当していますが、文法にあまり関心を持てない学生にも、何らかの形で興味を持ってほしい。なるべく発音が聞き取りやすく、学生たちの感覚に合うような2000年代以降の楽曲を選んでいます。フランスの文化や社会を知るきっかけになれば、と思っています。
語学の授業は、さまざまな手段を組み合わせるほうがよいと思います。手段が限られていると、それが向いていない学生はやる気が起こらない。複数の手段のうち、どれか一つでも学生に響けばいい、と考えています。
授業の冒頭で、前週の授業後に学生が提出した短文を発表していますね。これは、どのような意図で行っていますか。
廣田准教授:
授業の内容とは関係なく、フランス語やフランス語圏の文化、社会に関連して自分で調べたことを簡単にまとめてもらうものです。“ミニミニレポート”という感じです。文法のクラスでは、フランスの文化や社会について学ぶ時間はあまりありません。それを補うため、自主的にテーマを決めて短文にまとめてもらっています。皆の前で公表し、わたしからコメントします。
この取り組みは、自分の大学時代、先生のコメントを聞くのが楽しかったという経験から来ています。フランス文学の授業だったのですが、毎回の授業の終わりに学生が授業の内容に関する質問などを書いて提出し、翌週に先生がコメントしていました。その手法をフランス全般に関する学びに役立てようと思いました。これも、学生参加型の授業にする一つの手段です。
教える側がしゃべりすぎない
フランス語を教え始めた当初から、授業運営はうまくいっていたのでしょうか。
廣田准教授:
2012年、大谷大学 (京都市) で助教として教え始めました。中級の少人数授業で、比較的易しい内容の文学作品をテキストに選んだのですが、当時は学生が何を求めているか見えていなかったと思います。今なら、フランスの文化的、社会的トピックを簡単な言葉で学べるような教材を選んでいたでしょう。文学作品は、絵本のような感じで簡単に読めそうでも、読み解こうとすると複雑な部分があります。見かけの易しさで教材を選んではいけないと思いました。
いま振り返ると、大学時代にも同じような失敗をしていたように思います。当時、わたしはフランス文学を読むことで語学を勉強すればよいと考えていました。しかし、大学3年で約9カ月間フランスに留学した際、当然ながら日常生活のコミュニケーションはうまくいきませんでした。周囲にもあまりなじめず、留学先の学生寮でテレビを見てフランス語を勉強しようと思い立ちました。実際に見ていると、知らない言葉や表現が次々と出てきました。
留学先での文学の授業はかなり理解できましたが、それはテキストがあり、予習もするからですよね。フランス語の学習方法について考えさせられる実体験となりました。
神戸大学でフランス語を教え始めたのは2013年からですね。この10年、どのような工夫を重ねてきましたか。
廣田准教授:
最初は、独自の教科書を作ろうと思いました。自分の学生時代、「英語とフランス語は別」という考え方が一般的だったと思いますが、双方の類似点を伝えるほうが学習効率がよいと考え、出版の準備を進めていました。
しかし、教えているうちに気づいたことがありました。学習意欲の高い学生を見ていると、テキストにいろいろと書き込んでいくんですね。説明が網羅されている教科書ではなく、最低限の内容だけが記載され、学生が書き込んでいくノートのような教材のほうが、学習効果が高いと考えるようになりました。
「どうすれば学生が自主的に学ぶ気になるか」を考えながら授業を組み立ててきました。フランス語を教え始めたころ、新任の大学教員が教授法を学ぶ研修に参加したのですが、そこで教えられたことは、今でも役立っています。重要なのは、自分がしゃべりすぎないこと。教員は授業のコーディネーターであり、学生の参加を促す裏方ということです。
2人1組で考えるペアワークを多くしているのも、そのためです。例えば4人1組にすると、話さない人が出てくる。「全員一斉に発音を」と指示すると、発音できる人だけが声を出す。そういう場面を減らすよう心掛けています。毎回席替えもします。
自律学習の仕組みを整える
研究者としての専門分野は、フランスの詩人ボードレール。フランス文学に関心を持ったきっかけは何だったのでしょうか。
廣田准教授:
中学生のころからいろいろな小説を読むようになりました。当時、フランス文学はあまり読んでいませんでしたが、時代や国、作風を問わず、さまざまな文学作品を読み、その世界観に浸っていました。「文学には日常生活では味わえない楽しみがある」と感じるようになり、高校では理系クラスだったのですが、大学は文学部を選び、最終的には、先ほども触れたようなフランス文学の先生の授業に魅力を感じて専攻を決めました。
翻訳ではなく原語で読むと、小説だけでなく、フランスの詩の面白さが分かってきました。詩を読み解く作業は、方程式を解く作業と似ています。ボードレールの詩は、さまざまな技巧が含まれつつ、技巧と表現したい内容が見事に重なり合っています。その分析をするのが楽しいですね。方程式の答えは一つですが、詩の分析は人によって異なるのも面白いところです。
外国語の授業の対象者は学部がさまざまで、文学や語学に興味を持っている学生ばかりではありません。難しさがありませんか。
廣田准教授:
一般的に、学生が重視するのは単位取得や成績だと思います。ですから、学生が納得する成績評価が大変重要だと考えています。学生の好奇心を刺激する授業運営や材料の提供はもちろん必要ですが、教員と学生を結びつけるものとして成績評価が重要、ということを忘れてはいけない。教え始めたころは、その視点が薄かったと思います。
わたしの担当している授業は1年生主体なので、大学での自律的な学習に慣れていない学生も多くいます。語学の授業は、大学での学び方を身につけるステップでもある、という点も頭に置いて教えています。
今後取り組みたいことはありますか。
廣田准教授:
授業ではありませんが、現在、神戸大学内の課外活動として「日仏タンデム学習」に取り組んでいます (タンデムは「2人乗り」の意)。フランス語を学んでいる日本の学生と、フランス語圏出身の留学生がペアになり、互いの言語を学び合う学習です。単なる交流ではなく、時間や方法を決め、終了後には簡単な報告書も提出してもらいます。また、神戸大学生、兵庫県内の高校生を対象とするフランス語プレゼンテーション大会も実施しています。
タンデム学習関連のプログラム開発については、今年度、科学研究費助成事業にも採択されました。教員が教えるだけでは、人的資源の限界があります。学生の自律学習を進めるために、今後も仕組みや制度を整える役割を意識していこうと思っています。
廣田大地准教授 略歴
2004年3月 | 大阪大学文学部必威体育科 卒業 |
2006年3月 | 大阪大学大学院文学研究科 博士前期課程修了 |
2011年12月 | 新ソルボンヌ=パリ第3大学 (フランス) 博士課程修了 |
2012年4月 | 大谷大学国際文化学科 助教 |
2013年4月 | 神戸大学国際コミュニケーションセンター 講師 |
2016年4月 | 神戸大学国際コミュニケーションセンター 准教授 |