この世界の万物は、何から出来ているのか?文明が始まったときから人類が抱いてきた疑問は、現在、素粒子という極小の世界にたどり着いた。これ以上分割することが出来ない素粒子の存在と性質を確かめる素粒子実験物理学は、物質の起源と宇宙の始まりの理解を目指すロマン溢れる研究分野だ。岐阜県神岡鉱山の地下に作られた東京大学宇宙線研究所附属神岡宇宙素粒子研究施設(共同利用施設)で大学院生時代から実験に取り組んでいる竹内康雄教授は、あらゆる物を通り抜ける不思議な素粒子?ニュートリノの性質解明や、全宇宙の質量の約3割を占めるのに観測できていないダークマター(暗黒物質)の発見を目指して、神戸と神岡を往復する研究生活を続けている。

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竹内教授とスーパーカミオカンデ

東京工業大学?同大学院で素粒子物理の実験物理に取り組み、博士論文「カミオカンデ3における太陽ニュートリノ研究」は手島記念研究賞(博士論文賞)を受賞した。

竹内教授:

大学4年の時に素粒子実験に取り組む新しい研究室ができ、「面白そうだ」と考えてこの分野を選びました。修士課程に進んだ1990年頃から神岡に通って実験に取り組んでいます。当時は神岡鉱山のアパートの1部屋3室分を宇宙線研究所が借りていて、そこで寝起きしながら研究に取り組みました。毎朝7時に鉱山の作業員といっしょにトロッコ電車に乗って、坑口から地下1000メートルの坑内まで行き、午後3時に戻るという生活でした。

今も半年に2週間程は神岡に行き、観測シフトに入ります。スーパーカミオカンデ実験に関しては、肩書きに関係なく、世界15カ国30~40研究機関の研究者約160人が交代で担当しています。

大学院博士課程を修了し博士号を取得した95年、スーパーカミオカンデを建設?運用するための助手若干名の公募があり、東京大学宇宙線研究所附属神岡宇宙素粒子研究施設の助手に採用された。

竹内教授:

スーパーカミオカンデの立ち上げ時期のスタッフの一人として、建設と運営に携わりました。私は当時の神岡宇宙素粒子研究施設長だった戸塚洋二先生から「君は純水装置をやりなさい」と指示され、スーパーカミオカンデ検出器を満たす5万トンの超純水を作る純水装置を担当しました。イオン交換樹脂や中空糸膜フィルターによって金属イオンや微粒子を除去します。特に影響の大きい水中のラドンをどうやって減らすかに取り組んでいました。実験物理の研究者は、研究対象の観測や分析だけでなく実験装置の開発?製作や運転などの技術も求められるのです。

現在も、観測の精度を高めるために、自然界に存在する放射性物質を除去?低減する低放射能技術の研究に取り組んでいます。

<カミオカンデ、スーパーカミオカンデは宇宙線の影響を十万分の一に低減できる地下1000メートルに設置した巨大タンクに純水を満たし、地殻も通り抜けてくるニュートリノが水の原子核や電子に衝突して発する微弱な光(チェレンコフ光)をタンクの内側周囲にびっしり設置した光電子倍増管で観測する>

99年には戸塚氏が研究代表のスーパーカミオカンデ観測グループの一員として、「ニュートリノに質量があることの発見」で朝日賞を受賞した。3種類あるニュートリノが別の種類に変化する「ニュートリノ振動」を確認したことが、質量を持つことの証拠となった。これが2015年の梶田隆章?東大宇宙線研究所長のノーベル物理学賞につながったが、竹内教授は実験の主要部分に貢献。ニュートリノ振動については、2016年基礎物理学ブレークスルー賞も授与され、本学からも竹内教授ら教員5人、大学院生22人が受賞した。現在はダークマターの研究にも力を入れる。

竹内教授:

2000年ごろから、高純度の液体キセノンをタンクに満たしてより低いエネルギーの素粒子を観測するエックスマス実験が始まり、ダークマターの直接観測を目指すことになりました。ダークマターは、例えば、渦巻状の銀河の回転の観測から必ず存在すると考えられています。銀河の回転が異常に速く、光で見えている星の質量から見積もられる重力よりも強い重力が存在しないと銀河は遠心力でばらばらになってしまうはずで、ダークマター存在の間接的証拠とされています。ダークマターは、未発見の素粒子である可能が高く、キセノンの原子核とまれに衝突する可能性があります。エックスマス実験では、その際に発生するシンチレーション光を検出しようとしています。

高感度ラドン検出器と開発用テストベンチ

ニュートリノやダークマターの観測は国際共同研究として取り組む一方で、欧米の研究グループとの熾烈な競争で切磋琢磨しながら、新発見を目指す。

竹内教授:

スーパーカミオカンデの約10倍の規模を持つ「ハイパーカミオカンデ」の建設を計画しています。宇宙の始まり、インフレーション~ビッグバンと呼ばれる超高温超高圧の中から、同じ量生み出された物質と反物質のうち、どうして物質が残ったのか(物質と反物質の非対称性)。その秘密のカギをニュートリノが握っているとみられています。その謎を解明するための有力な実験として、茨城県東海村の大強度陽子加速器施設 (J-PARC) で作ったニュートリノビームと反ニュートリノビームをハイパーカミオカンデに打ち込み、ニュートリノ振動の起こり方の違いを詳細に調べる研究があります。もし、振動の仕方に差があれば非対称性が確認でき、なぜこの宇宙が「物質宇宙」になったのかを解明することにつながります。

また、ハイパーカミオカンデでは陽子崩壊の観測も期待されます。物理学の大統一理論では、陽子は安定な物質ではなくいずれは崩壊すると予想されています。しかしその寿命の推定は困難で、ある代表的な崩壊モードに関してかつては10の33乗年程度と予測されていましたが、カミオカンデやスーパーカミオカンデ実験により、10の34乗年程度まで崩壊がないことが確認されています。現在の理論予想では10の34~35乗年程度の寿命を予想する理論もあり、陽子崩壊はいつ発見されてもおかしくありません。ハイパーカミオカンデでは、10の35乗年程度まで陽子崩壊の探索を目指します。宇宙誕生以来の時間(宇宙年齢)がおよそ10の10乗年ですから、とてつもない時間スケールですが、もし確認できたらノーベル賞級の成果だと思います。

15年間は神岡に常駐して研究に取り組み、2010年に神戸大学に着任した。

竹内教授:

雪国ですから、大雪が降った翌日は出勤前に車を掘り出すのに40分ほどかかることもありました。大変ではありましたが、スキーやスノーボードを家族で楽しみ、一番上の息子は、大学ではスキー部に入りました。実験装置のある現場を離れて神戸大学に赴任しようと思った動機は、タイミング良く教員の公募があったことはもちろんですが、本学の教育研究環境が魅力的であったことと、私の携わっている研究分野の学生や研究者を増やしたいと思ったからです。宇宙線研究所でも大学院学生の受け入れをしていますが、神岡施設を志望する学生はあまり多くはありませんでした。本学では、スーパーカミオカンデなどを用いたニュートリノ研究、エックスマス実験などによる暗黒物質探索を続けながら、次世代ニュートリノ実験のハイパーカミオカンデ計画の実現に取り組み、後進の育成にも力を入れたいと思っています。

略歴

1986年3月東京都立小石川高等学校 卒業
1990年3月東京工業大学 理学部 物理学科 卒業
1995年3月東京工業大学 大学院理工学研究科 物理学専攻 博士後期課程 修了
同年4月東京大学 宇宙線研究所 附属神岡宇宙素粒子研究施設 助手
2004年11月東京大学 宇宙線研究所 附属神岡宇宙素粒子研究施設 助教授
2007年4月東京大学 宇宙線研究所 附属神岡宇宙素粒子研究施設 准教授
2008年2月東京大学 数物連携宇宙研究機構 科学研究員(併任)
2010年4月神戸大学 大学院理学研究科 物理学専攻 粒子物理学講座 教授
同年4月東京大学 宇宙線研究所 附属神岡宇宙素粒子研究施設 客員教授(2011.3まで)
同年4月東京大学 数物連携宇宙研究機構 客員上級科学研究員

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研究者