国内の大学の女性研究者は全体の2割にも満たず、先進国では最低水準とされる。神戸大学でもまだまだ少数派だが、高いハードルを乗り越え、実績を上げる女性研究者を紹介する。トップバッターは、2020年から2年間、本学の社会科学系では女性初となる研究科長を務め、最近、発表した論文が国際的に高い評価を受けた南知惠子経営学研究科教授が、研究成果や今後の目標、女性研究者としての歩みなどについて語った。
国際的なトップジャーナルに論文採択
最近、経済学分野と経営学分野の海外トップジャーナルに、相次いで国際共同研究の論文が採択されました。素晴らしい成果ですね。
南教授:
一つは、日本人研究者がなかなか採択されにくいとされる経済学分野のジャーナル、American Economic Journal: Microeconomics誌に2021年に採択され、今年11月に公開されます。小売業チェーンには本部と店舗組織があり、全国市場とローカル市場とに需要のギャップがあり、予測と実際のギャップをみながら際限なくいろんな調整をしないといけない。そのときにどのような条件下で権限移譲をした方がいいのか、トップダウンの方が成果が出るのかを、イオンリテール社を対象に研究したんです。組織の調整、コーディネーションはゲーム理論の一つの大きなトピックなのですが、その理論を実証分析しました。朝礼や受発注を含めた数々のタスクを洗い出し、1日何分ぐらい上司と話をしているかなど仕事をすべてデータ化して、すごいデータが取れた。直感的にはマーケットの変動性が高い場合はローカルな店舗に権限移譲した方がうまくいくということが予測されますが、実際には調整が重要な場面にはトップダウンで集権化した方がうまくいくことを、共同研究者が数理モデルを構築し実証することができました。
もうひとつは、イオンリテール社の研究中に、チリ出身の会ったこともないロンドンビジネススクールの研究者から、チリの飲料メーカーの営業データを組み合わせたら面白いことができそうだと誘いがありました。人間はタスクがいろいろ時間的なプレッシャーがある場合は得意なことしかしないという研究成果は既にあったんですが、逆も真なりかどうか分かっていなかった。マネジャーは余裕があるときは得意でないこともやるということをデータをとってモデル化し証明することができた。それがマネジメント分野の国際的なトップジャーナル、Management Science誌に今年2月に採択され、既に公開されています。今までに組んだことのない研究者たちと組むことで、海外の研究者はどのようなデータが取れるか、どの理論にアプローチすればいい論文になるかをすごく戦略的に考えていることに驚かされましたね。
今回の国際的な共同研究につながったきっかけは?
南教授:
消費者行動研究分野で博士号を取得した後、恩師の勧めもあり、小売業を中心とする流通システムの研究に従事してきました。関心があるのは情報やコミュニケーションといった概念を通じた企業の組織や関係の変化です。小売業ではICT(情報通信技術)の発展によって顧客管理が変わったことで、CRM(顧客関係管理)を研究するようになりました。また製造小売業の市場情報駆動型のサプライチェーン?マネジメントも研究していました。平たく言えばファスト?ファッションの仕組みと効果の分析です。
自分が代表者となり、科学研究費の基盤研究Aという人文社会科学系では大型の科研に2度採択されたとき、比較的潤沢な研究資金をもとに海外発表や海外研究者との共同研究も増えました。その延長線上で、米国の研究者から、科研費のテーマであった小売企業の組織変革と成長を共同研究するというきっかけが生まれました。社系では論文採用に時間がかかり、冒頭の国際共同研究も開始時期は2017年からです。
DXで変わるものづくり
コロナ禍で日本のデジタル化の遅れが浮き彫りになり、DX(デジタル?トランスフォーメーション)が叫ばれています。流通、小売り分野だけでなく、ICTやAI(人工知能)を駆使した製造業の変化の研究についてもいち早く着目されました。
南教授:
製造業の高度化に関する他分野の先生方との複数研究プロジェクトに10年ぐらい前から参画していました。2017年に実務家向けの「製造業のサービス化戦略」(中央経済社)という本を出版したんですが、そのあたりから産業界の方々と意見交換する場がさらに増え、本格的な学術研究として取り組むべきだと思ったんですね。テーマとしては、例えば顧客企業への依存度が高い方が製造企業のサービス統合が進むのか否かとか、製造企業にサービス志向が必要なのかといったこと。今も大手電機メーカーのデータを使って分析することになっていますが、製造業のサービス化の何が促進要因になって、何が阻害要因になるのかが基本的な疑問なんですけど、深堀りしていくと、競争環境が直接的に関連するというわけではなく、デジタル化においていろんな条件の組み合わせでサービス化が起こっていくと見ています。
サービス化というとサービスの話に聞こえますが、ものづくりが変わるということなんですね。最近の自動車ではデジタル制御の部分が多いですが、自動車業界に限らず、デジタル制御する限りはいろんなデータでハードウエアがどう稼働してるかが分かる。そのデータを駆使してコンサルティングやハードウエア資産管理などができないかと考えますけど、結局、ビジネスを変えることになる。つまり組織も変わるし、企業間の関係も変わるし、マーケットへのアプローチも変わるということなんですね。そこは、生産管理では研究は進んでいますが、業界のマーケティング分野ではまだまだ研究が蓄積されていない。技術だけでなく、ビジネスとしてどう変わるのかという、最後の最後に残る問題を研究していかないといけないと思っています。日本の企業は開発はできても事業化というのはうまくできていないので、そこを何とか研究していきたいですね。
米国の女性研究者に刺激されて
女性が少ない研究分野で仕事を続けられ、女性初の経営学研究科長も務められましたが、ここに至るまでは苦労も多かったのでは?
南教授:
経営学、商学の分野は圧倒的に女性が少なく、女性というだけでこんなに目立ったことはなかったので、この職に就いたころはすごく戸惑いがありました。大学卒業後に大学の研究助成室の助手を経て新たなキャリアを求めて留学した米国では、Ph.D.の女子学生がたくさんいて、皆意識が高く、性別に関係なくやりたいことをやるという姿勢にすごく刺激を受けました。だから、その後日本の大学院に入り直して研究の道に入ったら「女子扱い」というのには違和感がありましたね。当時はまだ、海外留学経験は珍しく、海外と日本での研究年限を合算して後期課程の1年目で学位取得前に大学に就職が決まったんですが、まだ自信がなくて気負った感じがあったと思います。
その当時は消費社会論という分野が注目を集めていて、その領域で論文博士を取得したんですが、消費者行動は自身の体験や感覚が生かせ、その意味では遅れてこの世界に入ったことや、女性であることはハンディにならない分野だと考えていました。学部は社会学専攻でしたので今まで言われていることと全然違うアプローチができるんじゃないかと、自信が生まれました。
神戸大学に採用が決まったときは、恩師に「かつての高野山と一緒で、女人禁制やから」と言われ、私が頑張れば後に女性が続くことになると、プレッシャーをかけられました。神戸大は研究大学でやりたいことができますが、ずっと自分では経営学分野のいわゆる保守本流とはかけ離れていて、他大学から転籍してきたので、まさか研究科長になることはないと思っていました。研究科長の予備選で大学運営の課題を訴えたら、意外にも選ばれたという感じでした。
今後の研究目標は?
南教授:
神戸大学が立ち上げた国際共同研究強化事業※に選ばれ、海外から共同研究者を招いて、新しいテーマである小売業が短期的?長期的な気候変動の中でどう組織や商品政策、サプライチェーン?マネジメントを調整するのかという問題を研究します。昨今ではサステナビリティを経営に取り込むことや、組織をどうサステナブルに変革していくかが注目を集めています。本研究もその一環となりますが、気候変動という最も小売業にとって扱いにくい現象に対し、どう組織としてレジリアンスなものにしていくか、これまでの組織調整や市場への適応の研究を生かし、新しいモデルを試して分析する予定です。来年初めぐらいにはデータ収集後の分析結果が出て、論文出版は2、3年先かなと思っています。
略歴
1984年神戸大学文学部卒業後、1988年、米国ミシガン州立大学大学院コミュニケーション学科修士課程修了。1993年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程退学。横浜市立大学大学院経営学助教授などを経て、2002年に神戸大学大学院経営学研究科助教授、2004年に同研究科教授に就任。2018年、神戸大学キャリアセンター長、2020年から2年間、同大学経営学域長?経営学研究科長?経営学部長を務める。2022年から同大学学長補佐。
注釈
※ 国際共同研究強化事業 | 神戸大学
南教授はC型?国際共同研究創出型?に採択されています。