膜技術は飲み水の浄化や海水淡水化、工業排水の処理、排ガスからの二酸化炭素(CO2)の分離回収、石油化学プラントの省エネルギーなど、地球環境問題の改善や暮らしの質の向上に貢献する幅広い役割が期待されている。神戸大学先端膜工学研究センターはわが国唯一の膜工学の研究拠点として、持続可能な開発目標(SDGs)の達成を見据えた産学連携や国際協力を推進している。中心メンバーとして、国内外の多くの研究機関、企業との共同研究に取り組んでいる吉岡朋久教授に国際共同研究の狙いや自身の研究テーマについて聞いた。
分子シミュレーションも駆使
もともと膜工学の研究に取り組んでいたのですか。
吉岡教授:
博士後期課程までの学生時代は「吸着」を研究していました。分子を吸着?分離するもので、よく知られているのは活性炭や除湿に使うシリカゲルなどがあります。非常に小さな孔(あな)を持つ多孔体である吸着剤の開発と評価を、実際の実験と計算機シミュレーションで探求していました。実は吸着も膜も多孔体を使う点で共通点が多く、くっつけて採るのが吸着、透過させて採るのが膜、と言えるでしょう。1996年に広島大学助手になり、膜の研究に取り組み始めました。2016年に科学技術イノベーション研究科が神戸大学に設置された時に本学に移り、同研究科先端膜工学分野の教授も兼務しています。
多様な可能性を持つ膜の、どのような点に着目しているのですか。
吉岡教授:
微細な孔の直径より小さい分子は通し、大きな分子は通さないことによって、目的の物質を分離するのが膜の役割です。水処理などに使う膜は、有機物(高分子)の膜が多いですが、高温のガスなどを扱うのは私が研究しているセラミック製の無機膜です。プラスチック製である有機膜(高分子膜)は安価で加工性が良いという特長を持っていますが、熱や薬品に弱い。一方、無機膜(セラミック膜)は熱や薬品に強く、アルコール、トルエン、ヘキサンなどの有機溶媒に溶け込んでいる物質や有機溶媒の混合液そのものを分離することに使えます。300~500度の高温のガス分離に使うのも無機膜です。
「吸着」の研究から取り組んでいる「分子シミュレーション」は私の研究の柱の一つですが、物質が膜を透過する際の挙動を分子レベルで計算して、膜の性能の向上を図る構造設計、材料設計に役立てています。
セラミック膜の可能性追究
セラミック膜の可能性について教えてください。
吉岡教授:
様々な温度で蒸留して目的の物質を分離?精製する石油化学プラントをセラミック膜による分離のプロセスに置き換えることが出来れば、蒸留時のエネルギー消費、CO2の大幅な削減が可能です。また、環境に優しいエネルギーとして注目されている水素の運搬にもセラミック膜の活用が有望視されています。
水素には、太陽光発電や風力発電の電力で水を電気分解してつくるグリーン水素、化石燃料の炭化水素から水素を取り出すブルー水素(途中で出るCO2は回収する)がありますが、いずれも需要地までの運搬と貯蔵が課題です。水素を高圧にしたり極低温にすることで密度を高めた高圧水素ガスや液化水素に対し、常温?常圧で運搬?貯蔵できる「有機ハイドライド」にセラミック膜を使う研究に神戸大学が産学連携で取り組んでいます。水素とトルエンを化学結合させると、常温で液化し体積が1000分の1になります。常温で安定しているので、既存のガソリンスタンドなどのサプライチェーンが活用でき、需要地で250~300度に加熱して気化させ、セラミック膜で水素とトルエンを分離します。トルエンは再利用し、取り出した水素を燃料電池で使う計画です。
実用化の見通しはいかがですか。
吉岡教授:
石油化学プラントでの膜プロセスは今のところ研究室レベルですが、水素分離のセラミック膜についてはベンチャー企業と連携して、燃料電池用の水素の運搬と分離が実用化レベルに近づいています。膜の安定性などの課題を一つ一つクリアし、一日も早く社会実装につなげたいと思っています。
先端膜工学研究センターは、産学連携に取り組む一般社団法人先端膜工学研究推進機構を2007年のセンター発足と同時に設立し、現在、約80社の企業が加入しています。グローバルな環境問題の解決につながる研究や企業の事業に直結するプロジェクトなど、様々な共同研究に取り組んでいます。
人材育成も重視
国際共同研究を推進しておられます。
吉岡教授:
学内の研究助成「国際共同研究強化事業」では、米国、オーストラリア、中国、台湾など6か国?地域の12大学と共同研究に取り組みます。台湾の中原大学は1ナノメートル以下の細孔を測定できる装置を持っており、その装置を使った共同研究を行っています。オーストラリアのシドニー工科大学では逆浸透膜に使うポリアミド(高分子)に炭素化合物?グラフェンを混ぜて性能アップを図る研究に取り組んでいますが、水の挙動を計算機シミュレーションで解明して協力しています。神戸大学と海外の研究者が強みを生かすことで、膜研究を発展させることが出来ると思います。
国際共同研究では学生を現地に派遣することもできるので、人材育成にもつながります。私が兼務している科学技術イノベーション研究科では社会人ドクターの育成にも力を入れており、先端膜工学分野では2022年度までに企業から派遣された院生6人が博士号を取得?取得見込みで、博士1~2回生にも各2人の社会人院生が在籍しています。企業でも活躍する若手研究者の育成も、私たちの大きな役割です。
略歴
1996年3月 | 京都大学大学院工学研究科化学専攻単位取得退学(博士) |
1996年4月 | 広島大学工学部助手 |
2001年4月 | 広島大学大学院工学研究科助手 |
2007年2月 | 同 助教授 |
2007年4月 | 同 准教授 |
2016年4月 | 神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科教授 |
2019年4月 | 神戸大学先端膜工学研究センター教授 |
注釈
※ 国際共同研究強化事業 | 神戸大学
吉岡教授はB型?国際共同研究育成型?に採択されています。