本書は、ドイツロマン派の代表的詩人であるLudwig Tieckが早世した友人Wilhelm Heinlich Wackenroderの遺稿に手を加えて出版した名著を翻訳したものです。Tieckは序文の中で、「皆さんは、彼の描くものの中における奇妙なもの、自由奔放なもの、真実なものにしばしば驚嘆の念を覚えられるにちがいない。そして、感情の豊かな読者であるならば誰でも、彼の夭折によってドイツ文学が失った美しい希望を私とともに嘆かれるだろう。」と述べていますが、志半ばで病に倒れた友人との数々の語らいは、後の彼の旺盛な創作活動の精神的基盤をなすものとなり、この書に感銘を受けた音楽家達も少なくはありません。
本書は、二部構成となっており、第一部は絵画、造形芸術についての考察、第二部は、音楽についての考察が独自の鋭い視点で繰り広げられていきます。デューラー、ラファエロ、ミケランジェロといった巨匠達ばかりではなく、無名の芸術家達も登場させながら、生きていく上での喜びや誇りはどのようにして見出されていくのかを筆者は懸命に模索していきます。「人間の最高の努力とは、何であろうか?人間の最高の勝利は、自分や、自分で創った思想群を、繰り返し新たに征服し、どのような外部の力によっても、いや、自分自身によっても、いかなる束縛もされることのない一つの存在としてそこに立つことである。」一つの理想的な境地を見出した筆者は、改めて芸術の持つ意味を認識し直し、深い共感を覚えます。
難解な表現も少なくはないこの書を訳すことは、非常に骨が折れ、何度か中断せざるを得ませんでしたが、偶然にも短期留学先のミュンヘンにある美術館でデューラーの自画像を眼にし、強烈な霊感を授けられたような気がして元気づけられました。この書には時代を超えて読む者の心を打ち納得させる力が宿っているように思われます。
文学部講師?毛利真実