タイトルを見ると、本書は労働法の入門書なのか、と思われるかもしれない。たしかに、“働く人”すなわち労働者の権利義務や雇用関係の内容を規律する法分野としては、労働法という科目が法学部や法科大学院に開設されており、労働基準法や労働組合法をはじめとする法令の内容が教えられている。本書も、労働法を一つの柱としていることは間違いない。しかし、“働く人”が企業との雇用関係のなかで遭遇する法律問題は、実は、労働法だけに限られるわけではない。例えば、会社に雇用されている社員は労働の対価として給料を受けとるが、会社が支払うお金を丸ごと自分のものにできるわけではない。社員は、自分が本来もらえるはずの給料のなかから、源泉徴収という形で、所得税つまり税金を (自分の知らない間に?) 納めているのである。税金を払う?取られるという法律問題は、“働く”ことと切り離せないものであるが、法分野としては労働法ではなく租税法の守備範囲となる。また、会社で資料を作成するために本のページをコピーすると、それが他人の著作権の侵害となることがある。これは、知的財産法の問題である。
このように、会社などで“働く人”は労働法以外にも実に多くの法律に囲まれて過ごしているが、意外なことに、そうした法律問題を概観した本というのはあまり存在しないようである。このような観点から、本書では、会社法、行政法、租税法、社会保障法、知的財産法、倒産法、国際私法?国際民事手続法、法社会学の研究者が、“働く人”と自分たちの専門分野とのかかわりを、わかりやすく説明しようと試みている。なお、これらの諸法分野を学ぶ前提として、冒頭で労働法の基本的なルールを扱う章が置かれ、また、憲法と民法の労働?雇用に関する領域についての解説がなされているが、これらは労働法の専門家が執筆している。
筆者を含めて本書の執筆に加わった10名の研究者は、全員が神戸大学大学院法学研究科の教授?准教授である。本書は、神戸大学法科大学院が文部科学省から資金助成を受けて行った専門職大学院等教育推進プログラムの成果の一つであり、憲法?民法など基本法律科目をひととおり学習し終えた法科大学院の学生が次のステップに進むための教材としての性格をもっている。しかし、本書の射程はそれにとどまらず、法学部や経済学部や経営学部の学生が労働問題を切り口として法律学を学ぶ際のガイドブックとして用いることもできるだろうし、企業のなかで労働に関する実務に携わる人や、法曹としての歩みを始めたばかりの人に対しても、働く人をとりまく法律問題の見取り図を提供できるのではないかと考えている。縦割りの法律学習に飽き足らないと感じている多くの人に、本書を手に取っていただければと願っている。
*編著者の大内伸哉教授による「はしがき」は、本書の狙いや内容をより具体的に説明したものなので、あわせて参照していただければ幸いである。
大学院法学研究科准教授?興津征雄