「チェコ民族再生運動」の全貌を明らかにするとともに、言語と文化の多様性が危機にさらされている今日の世界にとってこの運動が示唆する意味を、独自の存在論的視点から探求。
グローバリゼーションや市場の世界化、効率化と画一化などに伴う大言語の圧倒的優位化などによって、現在、地球上で多くの小言語?小文化が衰滅に向かっている。それは同時に、各国?各地方の固有の伝統や個性の衰退、一言で言えば多様性の衰退とも関係していると思われる。大きな話題になった水村実苗『日本語が亡びるとき──英語の世紀の中で』(筑摩書房、2008年) にも示されているように、このような事態は日本人にとっても決して「人ごと」ではない。
諸民族が複雑に混在してきた中欧に住むチェコ人は、その歴史上、周囲の大民族からしばしば非常な圧迫を受けて、一時はチェコ語とチェコ文化、チェコ民族そのものの消滅さえ危惧されるようになった。実際、スラヴ諸民族の中には、エルベ川沿岸スラヴ人やバルト海沿岸スラヴ人のように消滅してしまった民族、ソルブ人のように深刻な消滅の危機に瀕している民族もある。しかしながらチェコ人は、18世紀後半以降に展開した「チェコ民族再生運動」によって消滅の危機を克服し、チェコ語とチェコ文化は力強い活力を獲得して現在に至っているのである。
だが、この運動は決して平坦なものではなかった。大言語?大文化がもたらす明らかな利便性を捨ててでも自身の言語と文化を守る意味は何なのか、小言語?小文化は大きな犠牲を払ってまで維持するに値するものなのか、という問題をめぐって激論が闘わされ、紆余曲折を経てようやく「チェコ民族再生運動」は成功したのである。
本書は、このきわめて興味深いと同時に複雑な「チェコ民族再生運動」の全貌を明らかにするとともに、言語と文化の多様性が危機にさらされている今日の世界にとってこの運動が示唆する意味を、独自の存在論的視点から探求したものである。
なお、より詳細な概要については石川達夫のホームページを参照されたい。また、岩波書店のホームページで最初の30ページを無料閲覧できる。
国際文化学研究科教授?石川達夫