本書は、日本の伝統音楽?雅楽について、時代のインパクトに対して、雅楽、あるいは雅楽関係者がどのように対応し、自らを再編、変容させてきたかについて、さまざまな側面のディーテイルを示し、雅楽の認識に新しい地平を開くことを意図している。雅楽にとって<近代>とは何だったのか。そして、<近代>を越えて、雅楽はいまどこに向かっているのか。
本書は二部に分かれ、第一部は、明治時代から1945年までの時期に焦点を当てる。社会的にはいまだ「雲居」の音楽であった雅楽は、その内部では伝承システムの制度改革、西洋音楽の導入を経験し、一部の人々は新しい「日本音楽」の創成の議論と実践、日本の「伝統音楽」の保存と記述の試み、一般人への雅楽普及の試みなどを行った。
第二部は、メディアと劇場公演による普及と変容という観点から、第二次大戦後の雅楽の新しい脈絡の出現と、雅楽の音楽そのものの変容について考える。雅楽は、天皇の儀礼音楽という脈絡を保ちつつ、一般民衆に開かれた「芸術音楽」としての意義を強化し、それに伴い、内容的にも古典的レパートリーから、失われた曲の「復元」演奏、西洋現代音楽との融合、ワールドミュージックの潮流におけるポップス化などさまざまな展開を遂げている。
本書は、現在の雅楽の出発点とされる故に、長らく現在との差異がほとんど意識されて来なかった近代以降の雅楽を歴史の流れの中で相対化し、その変化の軌跡と変貌のメカニズムを示すことによって、雅楽をより批判的に鑑賞し評価する聴衆の形成を促す。
国際文化学研究科教授?寺内直子