スタンフォード大学のロバート?スターンバーグが、"心理学者の理論もまた、その学者自身がひとりの人間として生きてきて抱くようになった (心理学にまつわる) 持論がベースになっている" と主張して久しいです。だからわたしは、どんなにすごい学者がいても、ひとりだけの学説にのみ終始するのはリスクがあると思っています。たとえば、自己実現だけですべてのひとの動機づけられた行動を説明できないし、達成動機だけでもそれはムリであり、目標設定理論、……と並べていっても、よほどよい単一理論でも、人間は、エドガー?シャイン教授がいったとおり、もっと複雑だと思ったほうがいいのではないでしょうか。
わたしも自分のやる気を説明するのに適した既存の理論を思いうかべると、5、6通りは必要かと思っています。だから、まず、やる気のアップダウンにかかわる自分の経験や自分に生じた出来事を思い出して、どのような要因が鍵となって、自分のやる気がアップダウンするかを内省するのがまず、深い実践的理解には不可欠だと認識するようになっています。それでいったん入門すれば、たとえば、達成も大事だが、やっぱり達成したことを大事なひとに褒めてもらうと「うれしい」と感じるひとがいれば、達成動機だけでなく、承認動機にも自覚的になったほうがいいはずです。そのひとが、やがて10人、20人の部下をもつようになったら、自分のモティベーション理論のレパートリーを増やす必要があります。そんなときに、通常よりもたくさんのモティベーション理論にふれるのに絶好のタイミングがきたと思ってください。わたしは、2010年8月27日に第52回教育心理学会総会 (早稲田大学) に招かれ、日本で最も一流と思われるモティベーション学者に直接学び、かつ僭越にもコメントをさせていただく機会をえました。
どうせ学ぶなら一流から学ぶというのは、フレデリック?テイラーにまで遡るやり方ですが、それは、モティベーションの理論を一流の理論家から学ぶことだけを意味するのではありません。そのやり方は、モティベーションの実践的持論を学ぶなら、それもやっぱり一流の実践家から学ぶにしくはなしというわけです。
この点、小笹氏は、モティベーションそのものがエンジニアリング、マーケティングの対象になると考えて、実践してこられた起業家で、経営者です。わたしの学部ゼミ卒業生も、リンクアンドモチベーション社でお世話になっています。就職が決まるなり、モティベーションの持論をしっかり語るようになりました。その元祖が小笹氏です。これまでも神戸大学大学院経営学研究科と関連深い現代経営学研究所のワークショップにお越しいただいたり、関西生産性本部の会合で対談させてもらったりしてきましたが、それらの仕込みを踏まえて、とうとう共著の書籍を世に出す機会を得ました。
小笹氏の自分語りのところが興味深いと思って、原稿段階で感心していましたら、編集担当の山下氏というかんき出版の役員さんから、「あんたも自分語りするのよ」という指示がありました。プロローグは小笹氏の、エピローグはモティベーション論からみた自分語りになっており、それが本書のなかの両著者のモティベーション論への姿勢をよく示しているように思われます (もちろん、小笹氏の自分語りと家族への言及には感動し、自分の語りは読み返すと恥ずかしくなりましたが、中高大、大学院、MITの仲間はみな、わたしの自己語りを笑い飛ばしてくれることでしょう)。
経営学研究科教授?金井壽宏