日本古来の歌舞と大陸伝来の楽を1300年以上にわたって伝えてきた雅楽。しかしその響きは一様ではなく、劇場、神社の杜、町中の寺等々、鳴り響く場所ごとに異なった魅力を放って来た。本書は場所=トポス toposの力に注目し、雅楽が鳴り響く5つの「庭」を訪ねる。
まず、千年の都?京都の御所を訪ね、様々な宮廷行事と雅楽の歴史を振り返り、儀式の場の音響や演出について考える。
次に、奈良の春日若宮おん祭りを訪ねる。奈良の市街から東の春日山麓にわたる広大な空間を舞台に、古代、中世、近世、近代以降に成立したさまざまな儀式や芸能が、どのような場所を利用して演じられるのかを見ながら、雅楽の魅力を紹介する。
第三に訪ねるのは、大阪の市街地に位置し、庶民信仰でにぎわう四天王寺である。毎年4月22日に行われる聖霊会は、平安時代の「舞楽法要」の形式をよく残す。吉田兼好をして「天王寺の舞楽のみ都にはじず」と言わしめた壮麗な儀式の歴史と、天王寺というトポスについて考える。
第四の「庭」は、東京の皇居内にある宮内庁式部職楽部である。巨大都市東京の中心の森と水に囲まれた空間で、江戸から近現代にかけて雅楽はどのように響いてきたのか、歴史を振り返る。
最後に、皇居の西のお濠端に立つ国立劇場を訪ねる。国立劇場では、1966年の開場以来、雅楽を上演して来たが、その内容は40年余の歴史の中で決して一様ではない。本書では、国立劇場の企画の中で生まれた様々な新しい試みを検証しつつ、雅楽の新たな可能性について考える。
国際文化学研究科教授?寺内直子