カウンセリング心理学のテキストに、キャリア?カウンセリングに一章が設けられ、そこに、カウンセリング心理学の専門家が寄稿するのではなく、経営学で組織行動論を専門にするものが書かせていただくことになりました。編者の榎本氏は、『CREO』(神鋼ヒューマンクリエイト広報誌) にご登壇されたときから着目いたしておりましたが、ダン?マクアダムズの来日機会に、お会いしてじっくり話す機会を持ちました。自分語りの物語分析とパーソナリティ心理学を結合したアプローチには、非常に興味深いものがあります。その榎本氏のお誘いがあり、この書籍に一章を書かせてもらいました。
わたしにとっては、プロのカウセンリング心理学者、臨床心理学者、生涯発達心理学者パーソナリティ心理学者、精神分析家と名前を連ねて、一章貢献させていただく機会は、原稿を書き終えてから思うと、ありがたいご依頼でした。わたしは、元々、臨床心理学者を目指していたので、このような機会に招かれるのはうれしいことであり、原稿は難航しましたが、経営学のキャリア研究の実践的意味合いを、支援という立場から考察するよい契機となりました。
経営学者がキャリア支援について執筆するというのは、わたしの個人的なバックグランドや関心に基づくだけではありません。そもそも、経営学の発展の歴史のなかに、ホーソン実験があり、そこで使用された従業員の面接方法は、非指示的面接と呼ばれ、今日のキャリア相談室、その前身の人事相談室などの元であったという事情があります。ウェスタン?エレクトリック社のホーソン実験における面接計画で採用されたこの方法は、経営学者として知られるF.J.レスリスバーガーによって開発されたものだが、来談者中心療法で名高いC.ロジャーズが確立した方法と軌を一にしています。『ハーバード?ビジネス?レビュー』誌には、レスリスバーガーとロジャーズが、積極的傾聴の問題をとりあげた論文があるぐらいです。
そのような意味では、仕事の世界、職業の世界を正面切って扱ってきたのは経営学ですので、そのなかに組織行動論があり、そのさらに応用色が濃い分野に、組織開発と並んでキャリア支援学ともいうべき分野があり、それが、カウンセリング心理学と重なり合うところがあるというのは、興味深いことであり、第10章を書かせてもらったわたし自身も、このコンパクトな書籍で、もう一度、パーソナリティ心理学の全貌を、しっかり学習し直したいと思っております。思えば、MIT時代の恩師のひとり、E.H.シャイン教授も、一方でプロセス?コンサルテーションと呼ばれる組織開発の手法の開発者であると同時に、キャリア?アンカーというキャリア支援ツールの開発者でもあり、さらにその両方を統合するような支援学というべき分野を、Helpingという書籍 (この邦訳は、『人を助けるとはどういうことか』という書名ですが、EUREKAで取り上げられています) で確立しました。シャインの学恩への間接的なお返しにも、この編著がなればとも祈っております。わたしが敬意を払う仲間には、認知行動療法を基盤にコーチングを実践している田中ウルヴェ京女史や鈴木義幸氏も、おられますので、組織開発だけでなく、コーチングにも基礎となる理論や技法を探すとしたら、臨床の知がその探索先となるのだと思いました。
このようなことに興味をもたれる方々には、ぜひ手にとっていただきたいです。
経営学研究科教授?