「キティ?ジェヴィーズ事件」というのを御存知だろうか?1964年、中年の私もまだ生まれていないほど昔なのだが、ニューヨークで、キティ?ジェノヴィーズという名前の妙齢の女性が惨殺される事件が起きた。それだけなら、この事件が多くの人の記憶に残ることはなかったろう。この事件がニューヨーカーたちを震撼させたのは、彼女が犯人に攻撃されるのを多くの人が窓から見たり、悲鳴を聞いたりしながら、誰ひとりとして警察に通報しなかった、という事実なのである。この事柄が話題となり、多くの社会心理学の教科書に、「傍観者効果」の一例として、名前が挙がるようになった。
本書は、この事件について書かれた古典的な著作である。著者は、ニューヨークタイムズ紙編集主幹であったA.M.ローゼンタール。読者は、事件の概要を知ると同時に、これまでこの事件が神話に包まれていて、「38人の目撃者」と言われるが、実際に「見て」いたのは数人に過ぎなかったことなど、実相が伝わっていなかったことも知るだろう。いったいどれほど離れていれば、何もしない自分を正当化できるのかという、ローゼンタールの問いかけは重い。また、監視カメラが各所に備えられつつある現代における「傍観者」の意味についても、示唆するところは大きいと信ずる。
人間発達環境学研究科准教授?田畑暁生