小泉八雲?ハーンの「雪女」、この怖くて悲しくお話は、みなさん、いつかどこかでお読みなったことがあるだろうと思います。また、日本の各地の伝説や民話にも、同様の話がたくさんあって、ハーン自身も「これは武蔵国の百姓から聞いた話である」と断っています。それで「雪女」はもともと日本にあった話なのだろうと一般には考えられてきました。ところが今回わたしは、この本のために、日本各地伝わった「雪女」の民話?伝説を集め、系統的に整理してみました。すると、意外にも、民話「雪女」でもっとも古い形と思われてきた信越国境の白馬岳に伝わる雪女伝説が、明治末に刊行された、ハーンの『怪談』訳に依拠していることがわかりました。別の系統の「雪女」についても、同型の物語をもつものは、ほとんどハーンに由来し、ハーン以前にさかのぼれるものはひとつもありませんでした。「雪女」はハーンの創作だったのです。ではなぜハーンは自分の最高傑作を日本の民話に仮託してしまったのでしょうか。また、この物語だけが、ハーンの当初の意図をこえて、日本各地で真正の口碑伝説として流布し、土着したのでしょうか。わたしはこの物語の伝承をたどることで、日本の民話運動や研究の問題点、国語教科書における妖怪?幽霊の地位、そして戦後の文豪小泉八雲像の誕生という、いくつかの問題もあわせて考えてみました。といっても、あまり堅苦しくならないように、ミステリー仕立てで楽しく読めるように工夫しましたので、専門外の方でも、お気軽に読んでいただけたらと思っています。
国際文化学研究科教授?遠田 勝