世界広しといえども、ヴェネツィアほどユニークな町はない。いまだに乳母車以外の車が禁止され、自動車のないひっそりとした道に千年以上の歴史の重みが刻み込まれている。町自体が比類のない大きなテーマパークのようだ。
ヴェネツィアは、アドリア海のラグーナ (潟) に浮かぶ百あまりの小さな島からなりたつ。島々の間を道のように運河が縦横に走り、400もの橋がこれをつないでいる。2千年近く前に、無数の杭をラグーナに打ち込んで人工的に都市を作り出し、やがて「アドリア海の女王」とよばれる一大海洋国家として繁栄を謳歌した。
しかし、ヴェネツィアが世界史上もっとも重要なのは、その美術によってである。ヴェネツィアは、イタリア美術に独自の貢献をし、ローマ、フィレンツェと並ぶ中心地であった。今なお、比類のない景観と豊饒なる美の遺産にあふれている。
本書は、私がヴェネツィア美術の歴史を書き下ろしたものを中心とし、その前座として、『海の都の物語』で一千年にわたる共和国の興亡を描き尽くした小説家?塩野七生がヴェネツィアへの想いを語り、国家と芸術家の幸福なる関係を解き明かしている。写真はいずれも『芸術新潮』のカメラマン筒口直弘氏が撮り下ろしたもので、きわめて美しい。日本で唯一のヴェネツィア美術史にして、水上の迷宮に、歴史?美術?建築からアプローチする一冊。今後のヴェネツィア旅行の友にしていただければ幸いである。
必威体育研究科准教授?宮下規久朗