認知心理学において今もっともホットな話題は「認知コントロール」である。この研究は特に90年代後半から顕著になったが、この動きは日本でまとまって紹介された本がなかった。本書は欧米の最新の研究を2012年まで概観した専門書である。しかし、単なる専門書ではなく、用語解説や課題についての詳しい説明を加えることによって、この話題が単なる実験室の中だけでなく、臨床場面や教育場面に通じる話題であることを理解できるような工夫をした。したがって、ある程度入門段階が終わった学生、大学院生、研究者、一般の読者へのガイドにもなるような配慮を行っている。また、用語集は日本語だけでなく英語からも検索可能にし、索引も充実させている。
この話題は、習熟した技能に対して自在に人間がコントロールできるということを示している。このことを知るためには、認知神経科学 (脳科学) や計算論的認知科学 (シミュレーション) の知識が必要となる。さらに日本では未だに主流となっている宣言知識と手続き知識がシステムとして別個であるという考え、つまり、トップダウンで高次の思考や記憶に基づく知識と、自動化された知識が対立しているという図式が現在の欧米の認知心理学ではすっかり払拭されているということを知ることが必要である。本書は、具体的な例を踏まえてこの事柄を詳しく述べて行った。特に、技能習得のG. D. Loganのインスタンス理論をまとめて紹介している。AndersonのACT-Rにおける手続き化についても詳しく説明した。また、コンフリクトモニタリング説、ネガティブプライミングなど一見すると複雑で理解が困難なことがらについても具体例を挙げながら、説明している。
実験室で行われている認知コントロールに関連する課題についても、読者が後で再現できるように別の章で説明した。ストループ課題、サイモン課題、フランカー課題だけでなくストップ信号課題や課題切り替えである。おそらくストップ信号課題については、本書が日本では初めてまとめて紹介することになる。本書は海事科学研究科教授の嶋田博行が執筆しているが、特筆すべきは多くの部分を海事科学研究科在学中の芦髙勇気が書いていることである。頼もしい限りである。
海事科学研究科?教授 嶋田博行