原子力発電1基分を現在の標準の太陽電池でカバーするには、東京ディズニーランド100個分の面積も必要である。太陽電池セルのコストも発電単価も安いほうがよい。これらは太陽電池セルのエネルギー変換効率に依存しており、高い変換効率を実現することが研究機関に課せられた使命である。しかし、高効率化に当たっては越え難い一つの大きな壁が存在する。それは半導体pn接合が一つしかない、いわゆる単接合太陽電池のエネルギー変換効率は約30%を超えることができないという理論限界である。一部の多接合型太陽電池を除き、市場に出ているほとんどの太陽電池が単接合であり、この限界の制約下にある。この変換効率の限界を計算によって証明し、論文「Detailedbalance limit of efficiency of p-n junction solar cells, Journal of Applied Physics, vol.32, no.3, pp.510~519 (1961)」を発表したのがWilliam Shockley とHans-Joachim Queisser であったことから、この変換効率の限界はShockley-Queisserlimit (以下、S-Q限界) と呼ばれている。
われわれが太陽電池の勉強を始めようとするとき、すでに出版されている教科書を手にすることが多い。だが、残念ながらどの太陽電池の教科書を見ても、太陽電池の限界を証明しているこの単純化されたすばらしい理論に詳しく触れることなく、エネルギー変換効率の計算の結果が示されているだけである。これは決して教科書著者の諸先生方のせいではなく、原著論文がたいへん良く書かれているために、原著論文を読めば済むだけの話であって、改めて解説する必要がなかったからである。わたくしたちの研究室では太陽電池の研究を始めるに当たり、この原著論文を勉強するところから始めた。そこで受けた印象を率直にいえば、この理論的考察を進める過程の理解は、その最終結果だけを利用することによって得るものを遥かに超えているということである。本書では、多くの教科書のように広範囲の内容を扱うことは避け、エネルギー変換効率のS-Q限界にのみ着目する。まず、太陽電池の理論的な詳細平衡時の変換効率を求めていき、どのような要因がエネルギー変換効率に上限を与えている原因になっているかを浮き彫りにしていく。また、本書の最後の8章には半導体の基礎を解説した。これは、大学3年生の学生を対象に実施している「半導体電子工学」の講義ノートをまとめたものであり、非常に基礎的な内容であるが半導体の大切な考え方を含んでいる。S - Q 限界の説明では極力半導体の知識を使わず説明を試みたが、7章で明らかにしたように半導体の特性ゆえに理想条件には限界があり、高い変換効率を実現するには多くの制約を一つひとつ取り外していかなければならない。そのためにも半導体の基礎知識が不可欠であり、太陽電池に必要なpn接合まで解説した。もちろん、この8章は読み飛ばしていただいても、前半の章の理解を妨げることはない。
本書は、現役学生諸君によって執筆された太陽電池の変換効率の解説を編者の責任で内容を吟味し、編んだという非常にユニークなものである。また、半導体の基礎を加えることで、さらにつぎのステップに進もうとする読者の力となりたいと考えた。ここに、研究室の学生諸君と取り組んだ学習の成果を整理し、世に送り出すことで、太陽電池の研究、開発に取り組んでおられる方々だけではなく、これから太陽電池の物理を学ぼうとしている多くの若い方々に少しでもお役に立つことができるのであればこれ以上の喜びはない。
工学研究科?教授 喜多隆