工学は、従来、どのようにしてものをつくればよいかを考えるのが主たる役割であったが、技術が高度化し、一方で、ものが充足している現代においては、それに加えてなにをつくるかが重要な課題となっている。そのような課題に向き合うためのキーワードとしてデザインという考え方が注目を浴びている。そこで期待されているデザインとは、いわゆる意匠的な価値をものに付加するということではなく、社会の感性や価値観ないし問題意識に整合する革新的な人工物を構成的につくりあげるということである。本書は、現代の要請する「広い意味でのデザインによる革新的なものづくり」に関する理論と方法論(本書では、これを「創造デザイン工学」とよんでいる)についての学術的入門書である。
本書の基本的な立脚点は、以下のとおりである。
まず、デザインを人間の普遍的な行為ととらえている。そして、認知科学や知識科学などとの融合的な視点から学際的にアプローチしている。また、その議論の範囲を、新しい人工物の有り様を構想するプロセス(本書では、前デザイン工程とよんでいる)や、デザインされた人工物が社会で利用されるプロセス(本書では、後デザイン工程とよんでいる)まで広げている。
その上で、「なぜ人間はデザインするのか」「なぜ人間はデザインできるのか」という根本的な問いから議論を展開している。それは、失敗の許されないきわめて危険性の高い人工物や、新規性の高い人工物を、社会に安全かつ継続的に提供するためには、このような根本的な問いにまで遡る必要があるからである。「デザイン」を体系的かつ科学的に議論するためにも、「なぜ」に答える仮説が必要である。
本書は、「創造デザイン工学」に関する講義科目が将来、大学の専門課程ないし大学院に創設され、教科書として用いられることを想定している。したがって、できるだけわかりやすく記述するよう努めたつもりである。実際、筆者は、神戸大学工学部機械工学科の3年生を対象とした講義科目である「システムシンセシス」と「機械創造設計演習」および大学院修士課程を対象とした講義科目である「設計開発知能論」において、本書の一部を教科書として使用している。一方で、本書の取り組む領域は学術的にも未解明のことが多いため、最新の研究成果もいくつか紹介している。なお、教科書を想定しているというのは、あくまでも、執筆のために仮想的に設定した前提にすぎず、実際には、実務に携わるエンジニアや設計の研究者、さらには、設計やデザインを専門としない方々にも広く読んでいただくことを期待している。
自然科学系先端融合研究環?教授 田浦俊春