約100年前、一人の心理学者が大学運動選手を研究対象にしたことから始まったスポーツ心理学は、主に競技スポーツの世界的な拡充とともに多様な研究対象や領域に発展し、現在のスポーツ心理学の基盤を形成してきました。しかし、近年に至る文明の発達と生活環境の変化は、我々に運動不足という健康問題を突きつけています。スポーツ競技者だけではなく一般の人たちの心身の健康に関する心理学的研究も不可欠となり、健康のためのスポーツ心理学である運動心理学が台頭してきました。また、競技スポーツの高度化はスポーツ心理学に対して、個々のパフォーマンスを最大限に発揮するための援助を強く要請しています。その傾向はスポーツだけでなく身体技能を必要とする他分野にも広がり、近年、パフォーマンス心理学の領域が生み出されつつあります。このように、時代背景を反映した変遷もスポーツ心理学の面白さです。
そこで、本書では初めて学ぶ人達の多様な興味関心にも対応できるように、競技スポーツに関わる全般的課題の探求を「スポーツ心理学」、健康のための運動に関する心理的諸課題の解明が「運動心理学」、そして競技スポーツや身体的技能の卓越した能力発揮に特化した領域を「パフォーマンス心理学」と分類し、3部構成から伝統的または新奇的なトピックスを配列しました。一つの章を読み終えた者は他の章も読みたくなると思います。なぜならば、本書で説かれたスポーツの心理は、読者自身の心の動きを代弁したものであり、実感しながら学べるのがスポーツ心理学だからです。
執筆者は、全員が研究と実践を重視する学究の徒であり、余人を以って代えがたい陣容になったと自負しています。また、化学同人?山本富士子氏の見事な編集により、とても魅力的な装本になりました。執筆者を代表して御礼申し上げます。本書が、運動やスポーツというユニークな人間行動の心理を理解して、さらには我々自身の心の在り方を洞察してゆく指針となれば幸いです。
人間発達環境学研究科人間発達専攻?教授 髙見 和至