江戸時代、一人の人間が、二つの名前と身分を同時に保持して使い分け、百姓でありつつ武士でもあったりする——。
このような者たちを、「壱人両名」(いちにんりょうめい) といった。
現代人の一般的なイメージとは違って、江戸時代には様々な身分移動が行われており、壱人両名と呼ばれた二重身分も、広範かつ多数、存在していたのである。
ある時は帯刀した「大島数馬」、またある時は百姓の「利左衛門」——などと、名前と姿をその時々で変えて、一人二役を演じるが如き光景は、今では不思議なものにもみえる。一体その行動には、どんな理由や背景があったのか——。
本書は様々な事例を通じて、これを具体的に明らかにしたものである。壱人両名を見つめたとき、現代社会とは異なる江戸時代の社会の仕組みや、その建前と実態、そこに生きた人々の価値観、秩序観……いろいろなものが浮かび上がってくる。
経済経営研究所 研究員 尾脇秀和