日韓関係が冬の時代を迎えている。きっかけとなったのは、2018年10月30日に出された韓国大法院(日本の最高裁判所に相当)による元徴用工問題で日本企業に慰謝料支払い責任を認めた判決であった。その後、急速に悪化した日韓の関係は、翌2019年7月、この元徴用工判決を巡りる「G20(主要20カ国?地域首脳会議)までに満足する解決策が示されなかったことから、信頼関係が著しく損なわれた」事を背景として、日本政府が韓国に対する輸出管理規制の強化措置をうちだしたことにより、両国の経済関係にまで波及した。日本の輸出管理強化措置を「実質的には禁輸措置」である、として捉えた韓国世論はこれに激高し、結果、韓国内ではこれまでにない大規模な日本製品や観光旅行のボイコットも発生し、両国関係は更に大きく冷え込む事となった。
それでは日韓両国はどうしてこのような状況に至ってしまったのか。本書では、この点について、本書はまず二つの事例に着目して具体的に議論する。まず注目するのは、両国の教科書における「歴史認識」の展開である。周知のように歴史教科書における植民地支配や戦争に関わる記述を巡る問題は、それ自身が日韓両国間の歴史認識問題の重要な争点となっている。しかしながら、教科書の重要性はそれだけではない。長らく検定制や国定制を取ってきた日韓両国では、政府が教科書の記述内容を慎重に統制し、自らの国民を彼らが考える「正しい国民史」を習得するように誘導してきた。言い換えるなら、日韓両国における歴史教科書の記述には、その時点での両国の公的な歴史認識が表れている。故に我々はその分析を通じて、そもそも日韓両国の歴史認識がどの様に形成され、また何がその在り方に影響を与えているか、を知る事ができる。
この歴史教科書に続いて注目するのは、慰安婦問題に関わる認識の変化である。それは何も、慰安婦問題が今日の日韓両国間の歴史認識問題を巡る最大の懸案であるからだけではない。前著で詳しく論じたように、今日激しく議論される慰安婦問題は、80年代までは両国の外交問題として捉えられたことはなく、両国メディアの注目度も極めて小さかった。その意味で慰安婦問題は、この様な日韓両国における歴史認識の変化を最も象徴するイシューであり、我々はその過程を辿る事で、再び、両国の歴史認識問題がどの様な要素により、どの様に変化したかを知る事が出来る。つまり問題は、日韓両国の社会は慰安婦問題という単一のイシューについてどのような過程を経て認識を形成していったのか。そしてどうしてそれは異なるものとなったのか。
本書はこのような一九九〇年代までの「歴史認識」問題の言説の展開を踏まえた上で、最後に、その展開が如何にして今日の状況に至ったのかについて整理した上で、今日の新しい現象としての、旭日旗問題に関わる韓国の言説の展開を明らかにする。何故なら、従軍慰安婦問題や元徴用工問題とは異なり、旭日旗問題においては具体的な当事者が存在せず、そもそも「何が旭日旗なのか」についての定義すら不明確なままで事態が進行しているからである。本書ではこのような手続きを通して、先に述べた分析枠組みを検討し、更に精緻化する事に勤めている。
国際協力研究科 教授 木村 幹