アジア諸国の土地法は、世界銀行等のドナーが推進する実定法改革と、住民の生活基盤をなす社会的規範が衝突し、各地で多数の土地紛争が鳴りやまない分野である。ドナー主導の土地法改革は、農本経済から商工業への土地利用高度化を促す経済開発戦略の基盤としての所有権の確立を促す学説に支えられて開始したが、新制度派経済学が勃興した1990年代以降に一層強化され、トーレンズ式確定登記制度の導入による土地権原の確立、登記を欠く土地を国有地とみなし開発に転じるWasteland管理手法、強制収用手続を民間開発に活用する土地収用法改革、などの一連のメニューがアジア?アフリカ各地で推し進められた。その結果、多くの改革対象諸国で実定法による合法的な私権剥奪?強制立退きが問題化し、“land grabbing”と総称される紛争を生起させている。社会学的見地から”land grabbing”を活写し、またその原因としてドナーの土地法改革を糾弾する先行書籍は多いが、土地法改革の具体的な制度設計のどこに問題があるかを客観的に分析する法的見地からの先行研究は少ない。本書は、神戸大学社会システムイノベーションセンター 教授 金子由芳と神戸大学法学研究科 教授 角松生史を中心に、アジア土地法の研究に任じてきた日?韓?台湾?中国?東南アジアの研究者が連携し、また法と開発研究の碩学、セントルイス?ワシントン大学 Brian Z. Tamanaha教授との共同研究を通じて、アジアの内側からの視点で、このリサーチ?ギャップを埋める役割に任じた成果である。
Part-1は、日本からベトナム?カンボジア?ラオス他のアジア諸国に対する法整備支援に関与してきた研究者が執筆を担当する。日本の物権法は所有権登記の確定性を認めぬ対抗要件主義をとり、小作権?地上権などの制限物権を保護し、慣習法の存続余地を認めるなど、資本主義推進と生活秩序保全との政策的調整志向に特色がある。こうした日本の支援は、国際ドナーが推進する土地流動化促進型の土地法改革との対立を経験した。
Part-2は、経済開発過程のアジア各地で多用される土地収用制度に着眼し、その主要な要件である「公益性」の再論を通じて、開発国家による私権制限の限界を考察した。「公益性」概念は、鉄道?道路にみる不特定多数者(public)の利用に開かれたpublic useの観念と結びついて想念されていたが、現代までにこのような「古典的収用」は動揺を見せ、「私益収用」の現象が生起している。ただし「私益収用」の様相は一様ではなく、開発に翻弄されるアジアからの比較法的検討に意義がある。
Part-3は、所有権(ないしその類似概念である土地使用権?耕作権などの交換価値の譲渡性の保障された個的私権)の定立を通じて土地流動化を図るドナーの土地法改革に対するアンチテーゼとして、伝統的または今日的なアジアの地域集団による財産の共同管理が、生活扶助?環境保全?災害管理など今日的な持続的開発の文脈で課題達成に成功する傾向に注目し、新たな土地法の法的設計に示唆を引き出す試みである。
Part-4は、アジア土地法を長年にわたり研究対象とするアジア?米?豪の論客による、今後へ向けた提言の章である。国際ドナーによる土地流動化促進型の土地法モデルが、私権剥奪の手段として機能する現実に警鐘を鳴らし、アジアの社会主義国家がそれを国有化揺り戻しの手段として活用する傾向をも指摘しつつ、今後は、私権の性質を植民地法以前に遡る長い法制史的時間軸のなかで捉えなおすことにより持続可能な開発の文脈に土地法を位置づけていく必要性を訴えている。
社会システムイノベーションセンター副センター長 教授 金子由芳/法学研究科 教授 角松生史