2020年当初は、東京オリンピック?パラリンピックを見据えて経済の緩やかな成長が期待されていたが、2月頃から必威体育感染症が急速に拡大していき、経済に深刻な影響を与えるようになった。
コロナ禍による売上の減少を受けて、借入によって資金繰りをつけた企業が多数にのぼった。その結果、ポストコロナにおいては、中小企業は2つの大きな課題を抱えることになった。1つは、従来の事業内容をニューノーマルに合わせた形に変革しなければならないことである。2つ目は、積み上がった借金を返済していかなければならないことである。
さらに、もともと中小企業の多くは、少子高齢化に伴う地域市場の縮小、経済のグローバル化やIT化への対応、大きな災害に対する備え、経営者の高齢化に伴う円滑な事業承継といった課題にも対応しなければならなかった。ポストコロナにおける中小企業の課題解決はますます難しくなってしまった。
こうした課題を抱える中小企業を支援する存在として地域金融機関に対する期待が高まっている。企業の抱えていた課題はもともと多様であった上に、コロナ禍の影響もさまざまであるために、支援策は企業の状況に合わせたものにする必要があり、きめ細やかな対応が不可欠である。
力強いことに、多くの地域金融機関は地方創生や困窮した取引先の支援を自らの使命であると考えて、取り組もうとしている。しかし、地域金融機関自体の経営環境は厳しい。マイナス金利政策に代表される金融環境の変化によって、貸出金利と預金金利の利鞘で収益を得ていた伝統的な銀行経営モデルは行き詰まっており、新しい銀行経営モデルの構築が求められている。金融庁は、銀行の業務範囲規制の緩和を段階的に進めてきたが、2021年5月の銀行法の改正によって、一段の規制緩和が実現した。これによって、ポストコロナの時代の地域金融機関のあるべき姿の実現に向けて、質の高い多様な顧客支援を行うことが可能になった。
また、極端な低金利環境が金融機関の行動を非断続的に変化させるとすると、従来われわれが理解していた金融政策の効果波及の経路に大きな変化が生じている可能性がある。一般的には金利を低くするほど金融機関貸出が伸びて景気刺激的であるが、マイナス金利の領域に入ると、金利が下がるとむしろ金融機関がリスク負担を回避して貸出に消極的になる可能性がある。このような金融政策の新しい論点を評価するためにも、「非伝統的な」金融環境のもとでの、金融機関の行動を具体的に理解しておくことは重要であるといえる。
以上のような問題意識で、一般財団法人アジア太平洋研究所(APIR)の上席研究員として、2020年度に「マイナス金利環境の下での地域金融機関の経営の現状と課題」というテーマの共同研究を行った。その成果は、APIRのホームページに掲載しているが、各メンバーには大変な力作を寄稿していただいた。その証拠に、2021年4-6月のAPIRのダウンロードランキングでは1位であった (「APIR Now」No.28, 2021年7月)。
APIRで研究統括を勤めておられる本多佑三先生と相談して、ポストコロナの時代に求められる地域金融機関の課題とあるべき姿に関するわれわれの考えを広く社会に対して発信するために、書籍を刊行することを決意した。そして、神戸大学経済経営研究所を通じて、公益財団法人神戸大学六甲台後援会に資金支援をお願いしたところ、必要な資金を得ることができ、本書を刊行することが可能となった。神戸大学六甲台後援会は、神戸大学の社会科学系部局の卒業生の皆さんが、母校の研究活動を支援するために作られた公益財団法人である。日頃からの同財団の支援は本当にありがたく、改めて感謝の意を記しておきたい。なお、本書の執筆者は、神戸大学の学生や教員などの形で神戸大学において金融論を学んできた者ばかりである。
家森が所属する神戸大学経済経営研究所はわが国の金融論研究の中核の1つである。本書は、神戸大学経済経営研究所の発行している経済経営研究叢書 (金融研究シリーズ) の別冊としての性格も持っている。また、神戸大学社会システムイノベーションセンターにおける研究会や、それぞれの分担者が受けた科学研究費補助金の研究成果でもある。神戸大学経済経営研究所、神戸大学社会システムイノベーションセンター、科学研究費補助金に対して感謝したい。
APIRの皆様には、本書のもととなる研究を実施した研究会の設置を認めていただき、さらに共同研究の成果をこうした形で書籍として公刊することを許可していただいた。こうした支援がなければ、本書の刊行はできなかった。APIRの皆様にお礼を申し上げたい。
経済経営研究所 教授 家森信善