食料経済論
経済学研究科 准教授 衣笠 智子
食料経済論の講義では、食料を生産する代表的な産業である、農業を中心的に取り扱っている。ここで、農業は、食料を生産するだけでなく、環境?国土の保全にとって非常に重要であることが強調されている。この講義は、本学経済学研究科?経済学部名誉教授の山口氏が書かれた本に基づき、農業の非経済的意義、すなわち農業のお金では測ることのできない重要な価値について解説している。その上で、日本農業が抱えている課題について説明している。
農業の非経済的意義には、公益的機能、社会的意義、文化的意義の3つがある。公益的機能は、農地の洪水防止機能、土壌侵食防止機能等、環境保全の機能を多く含んでいる。農業は棚田や段々畑等のように中山間地帯でも生産が可能であるが、非農業は中山間地域で生産を行うことが極めて困難である。このため、農業には都市部の人口の過密化を和らげる機能があり、地域間のバランスのとれた発展に寄与してきたという社会的意義がある。文化的意義については、伝統的な祭りは農作物の収穫を祝うものが多く、神社や寺も農業起源のものが多いことから、農業は文化の根源ということができるのである。
さらに、昔から身土不二 ( しんどふじ ) という言葉があり、これは、人間の身体と土地は切り離せない関係にあることを意味している。また、夏収穫される作物の多くは、身体を冷却する機能があり、冬収穫される作物には、温める機能を持つものが多いといわれている。このことから、効率のみを重視して、農産物の輸入に多くを頼るというのは、自然の摂理に反するものがあると思われる。このような考えを現在に引き継いでいる活動として、「地産地消」に関するものが挙げられる。これは地域生産地域消費の略であり、その地域で生産された食料をその地域で消費することを奨励するという考えである。地産地消が推進されると、食料輸送にかかる燃料や環境への負荷も軽減され、地域振興にも貢献しうるという、さまざまな利点を持つ。
以上の点を十分に考慮して農業政策、特に、農産物貿易の政策を考えていかなければならないと教育している。日本は農産物貿易の自由化は慎重になる必要があり、グローバリゼーションの潮流や外からの圧力をある程度は受け入れるにせよ、確固たる信念を持って進むことが重要であるだろう。特に、農業の非経済的意義の重要性をより主張することが必要であるように思われる。また、農業も一つの産業であることから、国際競争力を持つ必要はある。そのために、規模を拡大できるところは拡大し、効率的な農業を行っていく努力をすることは不可欠である。ただ、日本は国土が小さい上、山地が多く平地が少ないため、規模拡大にも限度があり、困難な地域が多い。中山間地域で、規模拡大や効率的な生産が困難な地域でも、農業は先述のような非経済的意義を発揮し、国土?環境の保全や地域のバランスのとれた発展に貢献していると考えられる。そのため、そういった地域に、一定の所得補償を行うことが重要である。
参考文献
山口三十四『新しい農業経済論』有斐閣、1994年。