衝撃波を利用した新しい海洋環境保全技術の確立
海事科学研究科 教授 阿部 晃久
現在、日本の輸出入貨物の99.7%は、海上輸送によるものです。我々の生活や経済活動は、まさに国際海運によって支えられていると言っても過言ではありません。ところで、船舶が安全に航行し、安全な貨物の積み降ろしを行うためには、船体のバランスを調整する役割の「おもし」が必要であることをご存知でしょうか。通常、「おもし」には海水が用いられています。そのため、船舶は、必要に応じて直接海から海水を船底へ汲み込んだり、排水したりしています。この海水を「バラスト水」と呼びます。国際海上輸送について見ると、世界中の港湾および周辺海域で汲水?排水されるバラスト水は、年間100から120億トンに昇ると推定されています。特に貨物の輸入大国である日本では、空荷の船舶が荷物の代わりにバラスト水を積んで国外へ行きますので、日本から運び出すバラスト水の輸出量が年間約3億トンもあり、逆に輸入量が約1,700万トンであると見積もられています。すなわち、日本は物資の輸入と引き換えに、日本の港の海水をバラスト水として世界の海へ大量に持ち出していることになるのです。ここで重大な問題が生じます。バラストタンクへ海水を汲み入れる時には、余計なものが入り込まない様にフィルターを通しますが、実際には様々な海洋生物がフィルターの目を通り抜けて、タンク内へ吸込まれてしまいます。それらは海外へ運ばれ、貨物の積み込み時に船外へ排出されます。そのため、日本から遠く離れた海域でも、日本のワカメやコンブの繁殖、赤潮の発生などが確認されるようになりました。このようなバラスト水を介した海洋生物の越境移動は、日本の船舶に限らず、他国の船舶でも同様に起こっており、海洋の生態系破壊を引き起す原因の一つとなっています。世界海事機関 ( IMO ) では、海洋の生態系保全のため、船舶バラスト水に関する厳しい排出基準を定めるなどの国際的なルール作りを行っています。世界中の国々が IMO の排出基準に同意すれば、2017年には、全ての船舶において、微生物の含有がほぼゼロのバラスト水しか排水できなくなる予定です。そのため、世界中のメーカーがバラスト水処理装置の開発に鎬を削っており、様々な技術が実用化あるいは実証実験の段階に入っています。しかしながら、IMO の基準は非常に厳しく、多くの処理システムで、コレラ菌や大腸菌類などの殺菌は、最終的に薬品の使用に頼らざるを得ないのが現状です。
私の研究では、より安心?安全な新しいバラスト水殺菌処理技術として、強い圧力波である衝撃波の利用を提案し、その技術の確立と実用化を目指しています。特に、衝撃波を利用して気泡周囲の圧力に変動を与えると、個々の気泡が収縮?膨張運動を開始します。気泡が収縮して潰れる際には、気泡内部の圧力が非常に高くなり、直後に強い衝撃波や水流を発生させます。このような強い衝撃圧に曝されると、海洋菌体が死滅することが実験的に確認されており、化学薬品を使用しない環境に優しいバラスト水処理技術を確立出来ると考えています ( 図1参照 ) 。図2に示した実験写真は、横に張ったナイロン糸上に気泡を付着させ、左から衝撃波を当てて、気泡運動を引き起させた際の様子を示しています。写真右端に写っている気泡は、直径約1mmの気泡で、入射衝撃波は、まだ気泡に到達していません。入射衝撃波面の背後 ( 左側 ) の領域では、小さく収縮した気泡や多数の気泡が生み出した衝撃波の円形の波紋が見えます。気泡が作り出す衝撃圧の強さは、入射衝撃波の圧力変動と気泡サイズに密接に関係しており、気泡の直径が10?50µmのマイクロバブルを利用すれば、さらに効果的な殺菌が可能になると考えています。本研究は、現在、海事科学研究科で実施されている「輸送の三原則を統合した国際海上輸送システムの創出の研究プロジェクト」内の研究課題の一つでもあり、一日も早い新技術の確立を目指して研究が進められています。